運転手の話

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運転手の話

 お兄さん、なかなか面白い仕事をなさってるんですねぇ。え、お兄さんなんて呼ばれる程若くはないって? ハハハ、これは失礼! いや、それにしてもオカルト研究家とは……研究家っていうとアレです? ホラー番組なんかに出演したりとかするんですか? あ、やっぱりそういう機会もあるんですね。言われてみればお客さんのこと、何かの特番で見たことがあるような気も……すみません、ちょっと思い出せませんね、ハハハ!  しかしオカルトですか。一時期流行っていましたよね。ツチノコとか、UFOとか、あとテケテケとか! もしかして、これから取材とかしに行くんですか? ああ、やっぱりそうですか。さぞかし、おっかない話がゴロゴロと出てくることでしょうね……そうだ! もし差し支えないようでしたら、私の話を聞いて下さいませんか?  私、あまり霊感とかそういったものは無いんですが、それでもたった一度だけ……いや、あれは一度とは言えないのかな? とにかく、不思議な体験をしたことがあるんです。もしかしたら、お客さんのお仕事の役に立てるかも…そうですか! では、幾晩にも渡って続いた、不思議な女性との出会いと交流について……お は な し さ せ て い た だ き ま す 。  私は夜日勤、18時から翌日の2時まで運転業務に励んでいまして、帰宅途中のサラリーマンや、繁華街で酔っぱらった人なんかが主なお客です。他にも朝昼働く昼日勤や、一日中働いてその翌日休む、変則的な隔日勤務、なんていうのもありますけど、まあここでは置いておいて…その日も車両点検だの従業員の点呼だのを済ませると、私は夕陽で赤く照らされ始めた街に繰り出しました。  タクシー運転手はお客さんを目的地まで安全に運ぶのが仕事。そのお勤めを果たすためにも、まず最初にやらねばならないのは、乗客の確保です。その方法にも、あらかじめ予約をいただいてお迎えに上がる"無線配車"や、街中を走りながら乗客を探す"流し営業"なんていうのがあるんですが、その日は特に予約もいただいていなかったため、タクシー乗り場でお客さんが来るのを待つ"付け待ちをすることにしました。営業エリア内にある病院の近くに、丁度手頃な乗り場が一つありまして、私はそこでしばらく客待ちを行いました。  ところがその日に限って、ほとんどの人がこちらに目も暮れず、スタスタと横を素通りしてばかりでした。付け待ちを始めてから数十分はそんな状態が続いたため、こりゃ今夜はアテを変えた方が良さそうだと思って、私は別の場所に移動しようと思い立ちました。そうして姿勢を整えハンドルを握り直した時……既に夜の闇が顔を出し始めた頃合いでしたかね。あの異変の前兆が起こったのは。  ある時突然、車内の温度が急激に下がりだしたんです。発車しようとする前に窓やドアが閉まっているのは確認していたので、外から風が入り込んできた訳ではなさそうでした。では空調機器が故障したのではないかと疑いましたが、勤務前に行った点検では、特に何も問題ありませんでしたし、実際確かめてみても異常はありませんでした。  それにそもそもの話……あの寒さは風で肌を撫でられるような感じではなく、どちらかと言えば冷たい液状の何かに、全身ペタリと貼り付かれているような、そんないやらしい寒さだったんです。何か他に見落としている部分があるんじゃないかと、私は車内をぐるりと見渡してみましたが、結局何一つとしておかしなものは見つからず、得体の知れない寒さだけがそこにありました。
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