運転手の話

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 幽霊女との邂逅から一日が経ち、私は再び運転手としての仕事を果たすべく、日が沈みきらないうちに街へ繰り出しました。その日は前日に比べて客足が良く、夜を迎える前に何人か乗客を捉まえることができました。当然、ちゃんと生きてる人間のお客です。鍛え上げたトーク術で話に花を咲かせ、その全員に快適な運転を提供して見せましたよ! 私、結構お喋りが好きな方でしてね。今こうして体験談を語っているように、あの手この手でお客さんとコミュニケーションを取ることが大好きなんですよ。  ただ、流石に相手が幽霊となれば、話が変わってきます。ガチガチに震えて声が出ないとあれば、話をする以前の問題になってきますからね、ハハッ!でも…その日はどうも事情が違ったんです。とある出来事を介して、私は人ならざるものへの理解を改めることになったのです。  ……話を元に戻しましょう。とにかくその日の仕事は最初から好調で、私はちゃんと己の役割を果たせていました。しかし、そうして業務に勤しむ間にも刻々と時間は過ぎ、太陽はじりじりと西の地平線に傾いていき、やがて茜色の街並みに影が差し込み始めました。夜の訪れを感じ取った瞬間、私は寒くもないのに一つ身震いをしました。  言うまでもなく、原因はあの幽霊です。一晩越したからといって、そう簡単にあの恐怖を拭える訳がありませんでした。私は夜の足音がこちらに近づいてくるたび、鏡の中に映り込む不気味な人影を思い出し、陰鬱な気分になりました。  逢魔ヶ時の妖しい気配が、すっかり周囲に溶け込みきった頃、私の不安は最高潮に達しました。大丈夫。昨日のアレはきっと悪い夢だ。仮に夢でなかったとしても、今晩またアレが訪れるかは分からない。なに、昨日きちんと目的地に送り届けたんだから、わざわざ追っては来ないだろう。平気だ、平気だ。……そんな自己暗示で空元気を出しながら、私は赤黒い空の下をずっと行きました。  大丈夫、大丈夫と自分を励まし続けた結果、私のあまりに不安定だった精神は少しずつ落ち着きを取り戻していき、ちゃんと運転手としての業務に集中できるようになっていきました。……しかし所詮は誤魔化し。付け焼き刃の勇気はあまりに脆く、ちょっとしたきっかけで崩れ落ちるものです。  その日の私もまた、凛とした態度のまま夜を迎えることはできませんでした。太陽が完全に顔を隠し、夜の暗闇が台頭し始めた頃合いのことです。偽りの活気で己を奮い立たせながら、仕事に取り組んでいた私のことを、どん底に叩き落とすような事件が再び起こってしまいました。 「スミマセン。××商店街まで、お願いします」
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