運転手の話

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 そう、私は幽霊女との対話を試みたのです。ずっと顔を隠して黙りこくる女性に、たった一言声を掛けてみて、その反応を待ちました。しかし彼女からの返事はなく、静寂のままに時間だけが流れました。  コミュニケーションが苦手なのか、単純に話したくない気分なのか。いずれの場合にしても、乗客が会話に乗り気でないというなら、基本的に私は深追いしようとはしません。お互い嫌な思いをするような事態は避けたいですからね。でも…… 「二日間に渡ってのご利用、ありがとうございます。昨日から思っていたんですけど、良いファッションセンスをなさってますね。そのブラウスもとてもお似合いです!そんな素敵な女性に乗っていただけるとは、こちらとしてもありがたい限りで……」 「……!」 「ただですねお客さん、昨晩は料金を払っていただく前に、出ていかれてしまったじゃないですか。ですから昨日と今日、二日分の運賃について、相談させていただきたいんですよ。ハハ……」 「……」 「まあ、そんなに急いで話しをするつもりはありませんよ。まずは商店街に向かいませんとね。お金のことは目的地に着いてからで……」 「……」  運転手としての責任からか、はたまた恐怖に慣れてきたことへの驕りからか、私は沈黙を貫く彼女に何度も話し掛けました。いやぁ、我ながらウザったい事この上ありません。わざわざ口を噤んでいる相手に対して、しつこく声を掛け続けるなんて。繰り返し言い訳をするようですが、普段の私なら会話を望まないお客さんに、粘着するような真似は絶対にしません。  でもその日だけは例外で、私は何としても彼女の口から返事を引き出してやろうと、呆れるほど躍起になっていたんです。ですからそこからしばらくの間、私は一方的にペラペラと口を動かし続けました。 「……しかし、××商店街ですか。あそこ良いですよね! 基本的に何でも揃ってますし。お客さんは一体何をしにあそこまで? 差し支えないようなら教えて欲しいんですが……」 「……」 「そうそう、あの商店街に行くのなら、是非ともお勧めしたいお店があるんですよ。入り口の門を潜ってすぐ左手にある肉屋、あそこのコロッケは絶品ですよ! 衣はサクサク、中身はホクホクジューシー。一度口にしたら病みつきになりますよ、ホント!」 「……」 「肉屋以外にも、面白いお店は沢山ありますよ。ブランド物が見つかりやすい古着屋とか、今じゃ手に入らないレアなCDが多いレコード屋とか……ヘンテコな壺だの掛け軸だのばかり置いてる、不気味な雑貨屋とかもありますね。他にも本屋、靴屋、魚屋、八百屋……ただ見て回るだけでも十分楽しめます! 散歩にも良し、観光にも良し、なんならデートのスポットにだって……」 「……」  でも、いくら繰り返しても暖簾に腕押しで、彼女はいつまで経っても口を聞いてくれませんでした。途中まではこちらも根気よく対話に臨み続けましたが、延々と無口を貫く女性の態度を前に、諦めの選択肢を取るしかなくなり、車内は再び無音状態に戻りました。その静々とした空気は、目的地の商店街付近に辿り着くまでそのままでした。
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