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ハンナと出逢ったのは、咲月がここでアルバイトをはじめて三か月が経った頃だった。
その頃、ママとマスターは古くからの友人に誘われて、ある支援活動に取り組んでいた。
海外でお金がなくて学校に通えない子供たちを支援するという活動だ。
その友人は異国まで足を運んで、現地の教会のシスターたちとともに、支援を求める子供たちに会い、必要な物資やお金を渡していた。
そして支援を受けた子供たちが拙い字で書いた
「ごしえん、ありがとう」という手紙を支援者たちに届けていた。
またその子供たちが実際にノートや鉛筆を手にして喜ぶ姿や、「中学に通えた」「高校まで行けた」という事実をレポートにして配布もしていた。
そのレポートをまとめたのが、この喫茶店にもある数冊のファイルだ。
「ねぇ、ママ。あたしも支援できないかな」
そう言って、咲月が最初に支援できた金額はたったの1000円だった。
でも、その咲月の1000円はハンナという当時十二歳の少女の学費の一部になった。
「ごしえん、ありがとう」という直筆の手紙と、ハンナが学校を続けることが
できるようになったというレポートは二十歳の咲月の心を震わせた。
あれから五年。
ハンナは十七歳の高校生になり、とても優秀でイギリスの大学に行くことを夢見ているという。
咲月は、あらめて壁に貼ってある写真を眺める。
記憶にある十二歳のハンナは、怯えた、でも意志の強そうな黒い瞳をした浅黒い肌の少女だった。硬い表情でシスターの服の端を掴んで立っていた。
いま壁に貼ってあるハンナの写真は、瞳に宿った強い意志は変わらないけれど、笑っている。そして独りで、すっくと立っている。
ハンナ。
行ったこともない異国の、逢ったこともないあたしの妹。
でもキミが写真の中で笑っているだけで、あたしは勇気をもらえる。
助けられているのは、むしろあたしの方なんだよ。
ハンナ。
この世界にキミが居るだけで、あたしは明日を信じることができるんだ。
ありがとう、ね。
-了-
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