調香師

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「あ…いけない。戻らないと」 気がつくと日が暮れかけていた 空の見えない天気…だけれど雲の奥にある夕陽の赤が雲を染め上げていた スマホをポケットにしまって立ち上がると急ぎ足で家へと帰る お母さんの作るシチューが楽しみだった けれども私の頭を占めていたのは、直前まで読んでいたあの日記だった 『私、復讐がしたかったの。私を酷くしたあの人に』 『別れる為に花を渡したの?私は喜んで受け取ったのに、その気持ちも捨ててしまえたの?』 「…ごちそうさま」 「美味しかった?」 「美味しかった。やっぱりお母さんのシチュー好きだなぁ」 「由花の為なら週一ぐらいで作ってあげるわよ。あとお風呂沸いてるから早めに入ってね。電気代はできるだけ節約したいから。…お父さんもね」 「ん?ああ、わかった」 私が大好きだからと言って毎日作るなんて言わないところがお母さんらしい 飽きないように日にちを開けて、その言葉にもっと居てもいいのにと言われている気がした 着替えをとってきてお風呂に入って暖かくなってから自分の部屋に戻る レモン柄の布団の上に勢いよくダイブしてから子どもっぽい行動をしてしまったと気がついて、ここが実家だからと納得させる いつまで経ってもこんなだから嫌になったのかな…なんて、悪い所を考えたらキリがない 枕元で充電していたスマホを手に持ってそのままだったページを開く 等間隔に並べられた文字…日付はつい最近のもので 「薔薇の花束と指輪での告白……それを喜んで受け取った」 幸せの日々が綴られている 初めの言葉は気になったけれど、一から読んだほうがわかると思った 読む内に、この日記を書いた人が気になっていた 私も…あの人から同じように花束を渡されたことがあるから その時一緒に花言葉の書かれた本を渡されて、あぁ、この人はとてもロマンチストなんだなって 思っていたのに…… 今でも覚えているの 花束の中には色とりどりの花…浮かれた気持ちで家に帰って、一つ一つを調べてその度に喜んでいた 「でも復讐は…どういう意味なんだろう」 下の、下の方に書かれていた一輪の花の名前 掃除だけはしてくれていたお母さんは本棚の中身は弄らなかったみたいで、隅の方に僅かに埃をかぶった花言葉が書かれた本があった アパートはあまり広くなくて本を置く余裕はなかったから…こっちに持ってきていてよかった 後で調べてみよう 『私はいつの間にか暗い入り口に立っていた 別れ話を切り出されて、泣いても止められず…上の空で帰っていた日のことだった 手には見覚えのない花を一輪だけ持って、誘われるように足を止めていたの』 あの人と過ごした日々はとても楽しかった けれどもあの人は心の中では何を思っていたのか今となってはわからない 電源を落としてから暖かいベットの中に潜り込む この夜を越したらあと三日…早く吹っ切らないと 金曜日、いつもは昼過ぎからパートの仕事があるはずのお母さんが朝から化粧をして台所に立っていた パジャマ姿のままリビングへと向かうと、テーブルの上にはもう朝ご飯が並んでいる 「おはよう。お母さん、今日どこか行くの?」 「おはよう由花。これからサキさんのお見舞いに行くんだけれど、一緒に来る?ほら、よく昔遊んでもらったじゃない」 「サキさん?」 「隣のおばあちゃんよ。今腰を悪くして入院してるの」 お母さんの言葉に思い浮かんだのは所々歯が抜けた口を開けて笑うおばあちゃんの顔だった 毎日のように遊びに行くとよくお菓子をくれて、反抗期の時の逃げ場所で 入院しているなんて、聞いていなかった 「行く」 「じゃあご飯食べちゃいなさい。途中でお花とお菓子を買うから急いでね」 「はーい」 席に座って食べ物を詰め込んでから服を着替える 二十分後に玄関を出るともう車に乗り終えてて後ろに乗り込んだ 私がいない間に町は少しだけ変わっていて、よく行っていた飲食店がなくなって新しく小さいスーパーができていた 駐車スペースに車を止めるとスーパーに入っていくので慌ててついていく 中は色々なものが売っているみたいで初めにお菓子を買って、その足で店の中にある花屋の場所に向かった …あ、子供用の遊び場もあるんだ いい子で待ってるのよ、と頭を撫でる女性…私、子供はまだいいってずっとはぐらかされてきたのに 「由花!選ぶの手伝って」 「あ、うん」 私は頭を振って考えを消しず 今はサキさんにお見舞いに行くほうが優先なんだから…後からゆっくり、考えればいいんだから
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