調香師

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「綺麗ねー。これってフラワーボックス?」 「そうですよ。贈り物には喜ばれますし、日持ちもしますよ」 「いいわね」 私を呼ぶ必要なんてないんじゃないかってぐらい店員の人と話しているお母さんを横目に店内を歩き回る 簡易な仕切りで区切られた場所を香る花の香りに心が落ち着く 『切られた茎から水が滲んでいた』 『冷たかった…手が濡れて、体の体温が奪われていくようだった』 「…由花?それ、買うの?」 「……え?それって、」 「手に持っている花よ。買うなら頂戴。一緒に会計済ましちゃうから」 いつの間にか手にとっていた花をお母さんが持っていってフラワーボックスと一緒に買ってしまった 持った記憶がない 花の無くなった手を見つめていると布製の袋の持ち手が掌の上に乗った 「ボーッとしてないの。車に戻るからそれ持ってきて」 「…わかった」 車の中で日記を読み進める 流れていく景色で目を休めながら少しずつ…でも帰る頃には読み終わってしまった 日記の中の彼女は不思議な出来事に出会っていた まるでファンタジー小説のような非日常な出会いは、もしかしたらこの日記はフィクションじゃないかって まあそれでも読むんだけれど 車を運転しているお母さんと話をするわけにもいかないから画面に目を落とす 少し明かりを落としながら、一言一言を口の中で繰り返した 「ゆいちゃんいらっしゃい!こんなに大きくなってぇ」 「サキばあちゃん!なんか、変わってないね」 「もう歳だからねぇ、代わりようがないじゃないのよ!」 腰の部分にサポーターを巻いている以外はピンピンしている姿を見てほっと胸を撫で下ろした ずっと会っていなかったのに、覚えていてくれたことがこんなに嬉しい 大好きだったのに、なんで忘れていたんだろう 「でも無理しないでよ?サキさん、もうだいぶ歳なんだから何かあったら手伝うから」 「少し腰を捻っただけだっていうのに大げさだねぇ」 「腰捻っただけで肋骨にひびが入るもんですか。はい、これ好きだったでしょう?」 「ひねり棒、病院には売ってないから嬉しいよ。ありがとさん」 「私もう行くから。由花はどうする?電車もあるからもう少し居てもいいのよ?」 「…私も帰るよ。サキおばあちゃん、近い内にまた来るから、それまで元気になってね」 「はいはい。待ってるよー」 病室の空気は澄んでいる 私もその中を歩いてきていた…車に乗って家に帰って、お母さんを見送ってから部屋に戻る 手には花言葉の書かれていた本 目の前には一輪花瓶に活けられた花が勉強机の上に置かれていた 「どうして…なんだろう」 鳴り止まないスマホはもう気にならない、私が出ないからか頻度が減ってきたのを見ながらページをめくった 日記の最後に書かれていた花は黄色い花弁を持つ弟切草 怖い意味が連なっている花 なんで彼女がこんなものを持っていたのかわからない 私も、花屋でなんであの花を手に持っていたのかがわからなかった 『次第に声が聞こえてきたの』 『どこでもいい、入り組んだ裏路地に花を持って入るんだ。一輪だけだよ?数はいらないそのまま感を頼りに進むんだ』 『気がつくと視界の端に赤い提灯が見えてくるはずだから……って。私は、知らない言葉を信じた』 部屋の中で赤いダリアが一輪咲き誇っていた 今の一瞬の美を切り取られた切り花は、昔の私を投影しているようだった 退路が消えた私の道 もう後戻りはできないもの あぁ、私が気がつかなければ…見なかったふりをして目を背けていればよかったの? 「…大丈夫、なるようになってくれる」 『帰ってきた私は、不思議と清々しい気持ちでいっぱいだった』 日記の中の彼女の日常ももこうして、戻ってきたのだから
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