調香師

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引き戸を開けると私にはがらくたやゴミにしか思えないような物で溢れかえっていた 空気に混じって漂う甘い香り 砂糖とか、人の手で作られた人工的な香りではなくとても自然なものだった 「ここは、どんな場所?」 「いらっしゃい」 「!!」 初めに中を見渡して誰もいないと思っていたのに、いつの間にか椅子には誰かが座っていた 顔が分からない 表の暖簾と似た色合いの着物を着ていて、顔には白い布が垂れ下がって表情を隠していた 「あなたは…?」 「ここの主。君は…ああ、彼女のことを聞いて共感、してしまったんだね」 いいよ、おいで…と 男らしい角張った、それでいて女性らしい仕草をした手に誘われるように…足元に散らばった紙や玩具を避けながら近くへと歩いていく 狭い室内だから、数歩の距離なんだけれど 「花を」 「……え?」 言われてから私は、自分の手に持っていた花の存在に気がついた 今まで…忘れていた 差し出された手に持っていた赤いダリアを乗せるともう片方の手を私の方へと伸ばして、胸の辺りで止まった ーー……… ……どうして、眠い 『彼。多分彼であっているはず。私の前に現れた彼は私の持つ花を取って、手をかざしてきた。…正直に言うと私、そこからの記憶はないの』 私は路地裏で倒れていたらしい 病院でお父さんとお母さんが起き上がった私を見て泣いていた…また、心配させちゃった いろいろと検査をしてなんともないからとその日のうちに退院した私の手には、あの日私が使っていた鞄が乗っていた 中が気になって手で探っていると当たる冷たく、硬い感触 車の後部座席の窓から差し込む日差しにかざしたそれは、小さな香水の瓶だった 「…なに、これ」 「由花?どうしたの?」 「あ、ううん。なんでもない」 手の中にあるそ小さな瓶は先にノズルのついたよく見る形だった そう、私が普段使っているものと同じような でも普段使っているのはミントの香りがするもので間違っても赤い色はしていないのだけれど 他に何か入っていないかと漁ると、小さな紙切れが出てきた 達筆な筆で書かれた文字 『貴方が今会いたい相手に、送る香りを。貴方が選んだ花と感情を込めて』 私が今会いたいのは…… 私は両親に引き止められつつ住んでいたアパートへと戻った 電車に揺られながらスマホの電源をつけて、溜まりに溜まった通知を一つ一つ読んでいく 謝罪と言い訳、日を追うごとに私を責めるような文面が増えていって、でも私の心の中には相変わらずあの人への気持ちがある 無料電話を使った 何コールかで出たあの人に私はただ一言だけ 「一度でいいから、会いたいの」 そう伝えた
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