番外編-彼女のこと-

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番外編-彼女のこと-

響視点 「琴乃。起きて」 「ン…や……」 「かわいい。けど起きないと困るのそっちだろ」 俺の胸元に顔を擦り付けて、やだやだとごねるように体もくっつけてくる彼女に危うく反応しかける。 流石に今日は頑張らせすぎたし、もう止めなければ帰る時間も無くなってしまう頃合い。 と自分を制して琴乃に顔を向ける。 つい先日。半ば強引に手に入れた、可愛い可愛い彼女。 友人の姉で、家に行ったタイミングで一目惚れし1年弱。やっと手の中に収めることができた幸福感は正直計り知れないものがある。 「俺の、彼女…」 そっと小さい頭をなでてやると、少し頬を緩める琴乃。 さっきまでとのギャップが色んな意味で体に悪い。 琴乃につられて自分の頬を緩めながらも1年前のことを思い返す。 中学から同じ高校に上がった者はなく、少し心もとなく入学した高校でできた友人の祐樹。 1年の頃はよく他何人かと一緒に祐樹の家にお邪魔して遊び惚けたものだった。 その家に行く度に顔を合わせた祐樹の姉、琴乃。背が低くて、明るい雰囲気で、騒ぎまくって煩いだろう俺たちにお菓子や飲み物を出してくれて。 嫌な顔せずにいつも「ゆっくりしていってね」と笑いかけてくれる彼女に我ながらゾッコンだった。 いつも片付けを率先したのは、夕食の準備をする彼女がキッチンにいると知っていたから。 少しでも彼女に気づいてほしくて、毎回「ごちそうさまでした」と伝え、「お粗末さまでした」と笑い返してくれる笑顔にまた好きになっていく。そんな日々だった。 ある日、祐樹の部屋で遊んでいる時。誰かが「マジで祐樹の姉ちゃんって可愛いよなー」と口にした。 その言葉にハッとした。そうだ、俺だけが彼女と会っているわけではないと。 そしてその言葉に続いた祐樹の「やめろってないない。あいつ彼氏いたことねぇし」という言葉に浅ましくもチャンスなのではないかと思った。 今、ここから変われば、この気持ちを伝えることが出来るとその時の俺は結構本気で思っていた。 だからこそこの1年。体を鍛えて体重を落とし、丸いメガネは止めて、コンタクトを使うようにした。 隠しておくのもと思って祐樹に伝えると、最初こそ驚いたものの「まあ、お前が誰を好きになってもお前の自由だからな。何か手伝えることあったら手伝うよ。」なんて言ってくれたものだから、ありがたく受け取って時折協力を仰いだりもした。 「…結局1年、かかったけど」 彼女の柔らかい頬に触れる。 色白で、ほんとにマシュマロのような頬はうっすら赤く染まっている。 「ほんとに…可愛い」 ふにふにと頬を指先で揉んでみるも、「んむぅ」と声を漏らすばかりで一向に起きない。 やっと、やっと捕まえた。1年経ってまだ恋人はいないと祐樹に聞いた時は本当に嬉しかった。 もう逃がしてあげられない。すべて、腹の中に収めてしまったから。 唇を、彼女のそれにくっつけて感触を確かめる。 「さて…起きない子には、どうしてあげるかな」 おしまい。
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