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「おーーねーーがーーいーーーーー!」
「い・や!ていうか無理に決まってるじゃん!!」
こんもりと膨れた布団の中から駄々をこねるかの如く、しつこくお願いをしてくる弟に何度も何度も拒否する私。
学校から帰ったら先に帰宅していた弟が「学校に忘れ物をして、どうしてもすぐ必要だけれどお腹が痛くて動けないから代わりに取って来てほしい」という。
そりゃあ、年子とは言え仲は良い弟の頼みだし、聞いてあげないことはない。
ただ、弟の通う高校が【男子校】でなければの話だ。
「無理に決まってるでしょう?!あんたのとこ男子校ってわかってるよね?!」
「う~、わかってるよぉ!でもどうしても必要なんだってばーーー!」
イテテ、と言いながら顔だけ出してこちらに懇願してくる弟の祐樹。
顔色が悪そうだし嘘とかはついてないのだろうけれど、無茶ぶりが過ぎる。
「私のとこみたいに共学ならまだいいけど、男子校には入れないの!友達に頼んだら?」
「頼んだよーーー、でもみんな部活だったりもう帰っちゃってて無理なんだって…だから姉ちゃんにたのんでるのーー!」
「あのねぇ…」
私だって取ってこれるものならそうしてあげたい。が。
何度も言うようにむこうは男子校。女子が行くわけにもいかないし、そもそも正直行きたくない。
何度もお願い!と無理!の攻防戦を繰り返した。
・・・その結果。
「…着いてしまった」
弟の制服を着て、マスクで顔を隠し、元々ショートだった髪をワックスやらでそれとなく整えられた私は弟の通う男子高の正門前にいた。
結局あの後、弟のお願い攻撃+今度お駅前の美味しいケーキを御馳走する+今度の買い物は荷物持ちをする、という誘惑にまんまとやられ、「男装してさっと行けばみんな帰ってるか部活で出てるしばれないよ!」との謎助言の元こうしてやって来てしまったわけで。
「こうなったらすぐに行ってすぐ出てこよう…!」
気を引き締めつつ、顔はなるべく隠していざ。
祐樹の教室は事前に聞きメモにしていたため、それを見ながら目的の場所を目指す。
幸い、祐樹の言っていた通り構内に人は少ない。外を歩いた時は運動部のかけ声が所々から聞こえてきたのでやはり皆部活動で出ているらしい。
途中で人とすれ違ったりもしたが、こちらのことは気にしない人ばかりで安心した。
流石に先生にでも見つからない限りは、ここの生徒かどうかなんていちいち覚えていないものだな、と少しほっとした。
少しして、【2年3組】の札が見えた。祐樹の教室だ。
扉を開ける前に窓ガラスから中の様子を少し伺うも人影はない。
そっと扉を開けて中に入るり、祐樹の席に向かう。
「窓際の黒板から3つ目…あった。ってめっちゃ落書きしてるし」
机に書かれた無数の落書きに呆れながらも机の中を漁る。
確か右側…?と探していた時だった。
「祐樹?」
突然、扉の方からかけられた声にビクッと大きく反応してしまう。
やばい、見つかった…!!と思うと共に、声の主が私を祐樹と勘違いしたことに気づいた。
上手くいけばやり過ごせるかも…でも声を出すと流石にバレる。
どうしよう、と固まっていると先程の声の主が近づいてくる気配がした。
「おーい、お前、帰ったんじゃなかった?」
ゆっくりした足取りでこちらのすぐそばに来た誰か。
祐樹のクラスメイトかな…いやそんなこと考えてる場合じゃないでしょ…!
思考がまとまらないし、焦りで心臓の動きが早くなる。
何も答えない私にしびれを切らしたのか、「おい…返事しろって」という声と共に肩を掴まれ、強い力で彼の方に引かれた。
「っ、きゃ」
「…ん?おわっ!」
ドサッ、と、彼を下敷きにして倒れ込んだ。
しかも肩を引かれた反動で正面から倒れ込むという最悪な展開。下手に動くと顔を見られてしまう。
「ってて、悪い、大丈夫か祐樹?」
「!!」
心配している声に反応しないわけにもいかないか、と首を縦に振った。
後はどうにかしてこの状況を逃れないと…とりあえずあれかな、急いで出ていけば最悪撒けるかもしれないよね…!!
次に起こすべくアクションを考え、いざ実行、と足に力を入れた時だった。
「よいしょ。お前こんなに軽かったっけ?」
「?!」
ギュッと、背中に腕を回されたと思ったらそのまま体を起こす彼。
すっぽりと、胸の中に納まってしまう形になってさっきとは違う焦りが生まれる。
男子に、しかも弟のクラスメイトとは言え私からしたら赤の他人に、不慮の事故とはいえ抱きしめられてしまっていることに心音がうるさく響く。
高校3年生になってもまだ彼氏という関係性を築いた異性がいないどころか、学校でも交流はない。別段必要と感じないからだ。
友達に彼氏ができる度、少し憧れはあったものの、一気に大人になっていくような彼女らに少し怖さもあった。
故に、必要最低限のコミュニケーションが取れてれば充分。孫とかは祐樹に頼んだ!!!…って、考えて生きてきたものだからこのイレギュラーは心臓によろしくない!!!
「しかもお前なんか…縮んだか?」
「!!!」
さらによろしくないこの、自分が男子校に男装して入り込んでいることがバレそうになっているという現実。
二重苦で心臓に悪い状況が作り出されている。
「あとなんか…」
「っ?!」
「腰回り、女の子みたいだな?」
するり、と。背中にあった手がわき腹のあたりの形を確かめるように撫でてくる感触。
思わず体が震えてしまう。
「…かわい」
「?」
何か言った…??と思った瞬間、腰から離れた手がすっと私の顎に添えられて、
「っあ」
顔を上に向かせた。
「やっぱり、祐樹じゃない」
ばっちりと声の主と目が合ってしまった。
そして驚く。自分が倒れ込んだ彼が、ひどく、容姿の優れた人間であったということに。
年下とは思えない大人びた顔立ちをしていて、倒れた衝撃でか少し崩れた髪。それでもむしろそれが色っぽい様な、変な感じがする。
思わず見とれてしまっていると、
「おーい?聞こえてる?」
と声を掛けられてハッと我に返った。
慌てて顎に添えられた手を振り払って距離をとる。
急な反応に驚いたのか、目を見開いた彼に何故か申し訳なくなった。
…いや、そもそもこっちが悪いに違いはないわ。
「祐樹の、友達…?」
「…そうだけど」
なんで一拍空いたんだろう。
「ご、ごめんなさい、私祐樹の姉で…」
少しの疑問が一瞬浮かんだけれど、それはさておき事の顛末を目の前の彼に話した。
「じゃあ祐樹の忘れ物を取りにわざわざ男装までしてきたってことでいい?…ですか?」
「はい…。」
話している最中、自分があらゆる欲に負けたことが恥ずかしくなり、正座に座り直し話した。
なんか…いたたまれないといいますか…。
「弟想いだな、お姉さん。」
「いや…その…あはは‥‥」
くっくっと笑う彼の顔が見れない。
くそぅ、こんなことになるならやっぱり来なければよかった…!!
と後悔していると、立ち上がった彼の声が頭上から聞こえた。
「で?その忘れ物は?」
「…あ。」
そうだった。探している途中だった…!!!
思い出してすぐ立ち上がり、祐樹の机を再度漁る。
すると、恐らく目当てのものが入っているのであろう袋が見つかった。
「それ?」
「うん!多分これ!」
「そ。見つかってよかったな」
良かったー!と頷くと、なぜか頭を撫でられた。
突然の行動と、優しい手つきにドキッと心が高鳴った。
なんだろう、この、年下に年下扱いされている感は…。確かに私よりも背が高くて大人っぽいけれど。
「あ~…えっと、じゃあ、私は…」
この辺で…と、そろりそろり足を踏み出そうとした。
が。
「ん?何言ってるのお姉さん」
動き出す前に腕を掴まれて静止する。
服の上からでも伝わってくる熱に驚いて、反射的に振りほどこうとしたものの、先程とは違ってしっかり掴まれていてその力にかなわない。
そしてなぜだろう。すごく嫌な予感がする。
「はい、さようなら。なんて行くと思った?」
「え?…え??」
「男子校に弟のためとはいえ男装して忍び込んだなんて、バレたらお姉さんも祐樹も大変だろうな」
穏やかな口調に悪寒がした。
まさか。まさか…?
「バラす…の?」
「ん?どうしようなぁ…?」
にこり、とほほ笑んだ彼が私には悪魔にしか見えなかった。
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