5人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
プリムラは鮮やかに
次の日も、その次の日も、桔梗くんには会えなかった。
別に期待していたわけじゃないけど、汗まみれで知らない誰かと抱き合って、全部どうでもよくなるくらい声を出して、どろどろになって――それが全部終わって頭が冷えてきたときに彼を感じられないのが、なんだかひどく寂しかった。
別に、桔梗くんとわたしはなんの関係もないのにね。
夜風に混ざって吹き込んでくるそんな事実に、心が軋むようで。わかりきっていることを改めて突きつけられるというのは、どうしてこんなに心が痛いのだろう? わかってるのだから、どうかそっとしておいてほしい。
いくらそう願っても、他でもないわたし自身の声は止められない。目を背けたくて考えることも桔梗くんのことばかり――彼はあの諦めたような目のまま、今日も誰かと肌を重ねているの? 好きでもない人に恋人みたいなキスをして、好きでもない人に媚びて、好きでもない人を受け入れて……そうやって、心を傷つけて。今日もそんなことをしているの?
話をしていたときの寂しげで、どこか苦しげな顔が脳裏を横切っては光のように消えていく。わたしだって他の人から見たら似たようなものなのかも知れないけど、それでもあの華奢な身体を、彼のことなんて本当はどうでもいいのだろう人がまるで恋人みたいに抱き寄せて、恋人みたいに口付けて、恋人みたいに貪るところを想像すると、気が狂いそうだった。
もしかしたら私以外にもそんな風に思う人がいるかも知れない、そう思うだけで胸に熱い鉛を流し込まれているようだった。こんな思いは、初めて――だけど決して、心地よいだけのものではなくて。
誰かのことを想うって、こんな苦しいことだったのかな。
胸のなかから涌き出るドロドロが、際限なく増えていく。
沼に沈んでしまいそうな心が、溺れたくなくて叫んでる。
スマホを開いて、一瞬気持ちを落ち着ける。
どうせ帰りが遅くなっても、心配する人なんていないから。ずっと胸を軋ませてくるものを追い出してほしくて、その為ならもう、誰でもよかった。
深くまで繋がれば、その間は他のことなんて考えなくてよくなるから。
SNSの投稿に反応してきた人に、この後の予定を尋ねる。メッセージを打つ手が震えてたのは、きっと気のせいだ。
最初のコメントを投稿しよう!