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「音葉……」
木の下で、佇んでいた音葉にゆっくりと近づいて行く。
「……思い出したの?……」
音葉の言葉に、僕の目からは何故か涙が溢れ、そして音葉を抱き寄せる。
「僕は、君を心の底から愛している。このまま、ずっと一緒に……」
「ありがとう。私、今、とっても幸せよ」
音葉は僕の頰に軽くキスをする。
「さっきの歌は何?……、何か大切なこと……、何かが、僕たちの……この先を……、許さないような気がする……」
「思い出したのね……。あなたと私が初めて出会った世界で、あなたは英雄と呼ばれ、王となり、そして私は、あなたの妻となった。あなたの本当の名前を教えてあげる……」
そう言って音葉は、僕の耳元でその名を囁いた。その瞬間、怒涛のごとく記憶が流れ込み、彼女の微笑みが目に飛び込む。
「音葉……。メロディア……。こんな大切なこと……。こんな大切な人を忘れていたなんて……」
「いいの……、思い出した途端、私は消えてしまうから……。この先の生涯、あなたは幸せであり続ける。それが、私の願い。そして、あなたは……、私という存在を忘れる……。さようなら、愛しい人……。
また、あなたがどこかの世界で生を受けた時、私たちはきっと出会うことができる。ほんの一瞬だけど。その一瞬だけ……、あなたの幸せを、私は共有できる。
あなたは永遠に、愛しい人を失う運命にある。その不幸を私が止める。
私があなたの最愛の人として現れ、いなくなることで、あなたはこの不幸から逃れることができる。
これが、私が選んだ幸せ。あなたとの短い幸せをもらう代わりに、あなたの永遠の幸せを守ってあげる」
「そんなのって……」
ほんとの幸せじゃない……。
僕は、この言葉を飲み込んだ。そうしなければ、彼女の幸せが、無意味になってしまう。でも、いつか……。僕は、彼女を幸せにしたい。彼女は僕にとって……。永遠の愛を誓った人だから……。
「私が歌を奏でる時、全ての記憶が幸せに包まれ、そして、永遠の中でリセットされる。次に目覚めた世界で、私はまた十六歳の少女に戻る。そして、十九歳になるまでの間、あなたを探し、あなたと出会い、あなたを愛し、あなたとの短い幸せの時をつむぐ」
神聖な歌声がこだまする中、この世界から一人の少女が消えていった。
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