向光性に従え

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  「なにィ、光先輩から花を所望されただとぉ」 「男冥利に尽きるな。もちろん、快諾したんだろ? いや、羨ましいぞ、実際」  高校からの帰り道、友人二人に両側を挟まれながら進む陽葵の表情は冴えない。 「どこが冥利だよ。お前ら、真剣に考えてみろ。徳山(とくやま)光に花を贈るんだぞ? え? どうすんだ? 大輪のバラか? それとも、英字新聞かなんかでカジュアルを気取ったミニブーケでも贈るのか?」  ヤケになってまくし立てると、友人たちはその場に立ち止まって熟考していた。山畑の田舎道で蒼天を仰ぐ男子高校生二人は、立派な阿呆にしか見えない。 「……無理だな、実際。あんな美人に面と向かうだけで倒れそうだ。花を渡すなんて、心臓が持たない」 「俺も御免だ。お気に召さなかったら、徳山家の居間に飾られていると噂のサーベルで突かれるかもしれん」 「……んなもん、ねえよ。ごく普通の家だ」  級友たちと並んで再び歩き始める。「聞いたか?」「徳山家に出入り自由とは……。田中にあやかりたいね、実際」両脇から小突かれ、バッグを抱えて歩行速度を速める。青々とした下草がアスファルトを侵略している川沿いの道は緩やかな上り坂で、ふくらはぎに負荷がかかる。 「花言葉も吟味して、しっかり選べよ!」  分かれ道で投げられた冷やかしに眉をひそめた。花言葉? 知るか、そんなもん。大股で橋を横断し、川沿いに進んだ先に田中家が姿を現す。築三十年、ごく普通の純正和風二階家……。その場に立ち止まり、見慣れた光景をぼんやりと眺めた。 「サーベル、どっかにあるかもな」  平凡な田中家を呑みこまんばかりの威厳を放って隣接する「お隣さん」は、町内唯一の診療所だ。片流れの高い屋根が目を引く平屋は経年劣化により寂れた風合いを放ち、白漆喰の外壁も全体的にくすんでいる。四角くくり抜かれた狭い玄関ポーチの壁面に残されたままの建物名……。  徳山診療所。  徳山光の自宅である。
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