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触れないで
『元気でお過ごしですか? アザミのように可愛い君へ』
春休み中に絵画教室の先生から絵葉書が届いた。先生の描いたアザミらしき花の絵と短めのメッセージ。
いろんな習い事をしたけど、続いたのは絵画教室だけだった。先生が若くてかっこよかったから。
『アザミのように可愛い君へ』
アザミの花は知らなかったけど、先生に「可愛い」と書いてもらえたことが嬉しくてアザミの花が気になった。
緑のトゲトゲした丸い部分の上にピンクと赤紫の間みたいな色の花がイソギンチャクみたいに逆立って咲いている絵。
散歩をしていたら先生の絵によく似た花を見つけた。多分この花がアザミ。
先生が可愛いって言うからどんなに素敵な花なんだろうって思ってたのに、草ボーボーの原っぱの中にちょこんと咲いてる地味な花。この花が私に似てるの?
がっかりした。先生から見た私ってこんななんだ。もっとバラとか桜とか誰が見ても綺麗な花がよかった。
アザミの花言葉を調べてみた。
「触れないで」「人間嫌い」
何これ。
トゲトゲが多い花だからこんな花言葉付けられちゃったんだ。それに似てるって言われた私。
先生から見た私ってなんだろう。絵画教室で他の生徒と話さないから人間嫌いでトゲトゲしてる子って思ってたの? そんなことないのに。先生のことは大好きだし、先生の大きな手が何かの拍子に私の手にあたらないかって授業中ドキドキしてるのに。
先生から見たら、私は草ボーボーの原っぱの中で地味に咲いてる野草なの? この花きっと「私はその辺の草とは違う、一緒にしないで」って思ってるのに一緒に草刈りされちゃう地味な花だよ。はあ、アザミに感情移入してしまった。
この花の存在を、名前を知ってる人なんてどれくらいいるんだか。今度の絵画教室で先生に聞いてみよう。アザミの花に似てるってどういうこと?
久しぶりの授業は頭の中がアザミのことでいっぱいで集中できなかった。途中で先生の飼ってる猫が入ってきた。猫のおでこをなでる先生。いいなあ、私も頭をなでてもらいたい。
授業の終わりに他の生徒が全員帰るのを待って先生に話しかけた。
「どうして私をアザミに似てるって思ったんですか?」
「えっ、何? 急に」
しまった。唐突に質問してしまった。
「絵葉書です。アザミのように……か、かかっ、かかかわいい君へって書いてありましたっ」自分で可愛いと言うのに照れてどもってしまった。
「ああ、書いた。可愛いよね。アザミ」
「どこがですか?」
「んー」
「何でもっとその……桜とか梅とか誰が見ても、かっ、かかっ、かかかかわいい花じゃないんですかっ?」
どうしてバラじゃないんですか? とは聞けなかった。そんなに自分に自信はない。
「アザミ嫌だった?」
「もっと綺麗な花だと思ってたのに、地味な花でした。全然知らなかったし」
「そんなにマイナーかな」
「それに花言葉が『触れないで』と『人間嫌い』だったんです! ひどいじゃないですか」
「えー、花言葉なんて知らないよ」
「ちゃんと調べてくださいよ!」
「じゃあ、どんな花言葉がよかったの?」まっすぐこっちを見てくる。
「え……」あんまり見つめないでください。
「ねえ、どんな?」
「えっ……と……それは……」
「『触れてほしい』『大好き』っていう花言葉だったらよかった?」
「んなあっ……! ふ、ふふっ、ふふふ」
「何笑ってるの?」
「笑ってないです! ふ、ふふっ、ふふふれてほしいだなんて。先生、セクハラですよ!」
「ああ、ごめんね。大丈夫。触らないから」
「触ってくださいよお。頭なでてくださいよお」
「ええ?」
「ハッ! しまった。心の声がだだ漏れ!」
「変わってるよねえ」
「そんなあ」変な子だと思われた。ショック。
「まあ、そんなところが可愛いんだけど」
「ふえっ?」
「他の人には気付かれたくない可愛さだよね。アザミみたいに。そこにアザミっていう名前の花が咲いてるって僕だけ気付いてればいいんだよ」
「……ええとあのう、それは……どういう意味ですか?」
「さあどういう意味だろうねえ。また来週も来てね」
「あっ、はい。来週もよろしくお願いします」
「よしよし、良い子だねえ」と頭をなでる仕草をしてるけど、先生との距離が離れていて全然届いてない。エアーだ。遠隔なでなで。Bluetoothなでなでだ。
触ってよお。いつか、先生の大きな手で頭なでてもらいたい。
おわり
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