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アネモネ
殺風景なマンションのベランダには、彼女が育てていた花だけが残されている。
花とはいってもまだつぼみの状態で、以前、彼女がその名前を教えてくれたが、とうとう覚えられないままだった。
毎年この季節になると彼女はいつも同じ苗を買ってきては育てていた。
一度、何で花を買ってこないのかと聞いたことがある。すると彼女は、自分たちで育てるから意味があるんじゃないとそう答えた。
とはいえ僕が水をやることなんてほとんどなくて、結局は彼女が一人で育てていたようなものだった。
付き合って四年。同棲を初めて三年目の今年の春。彼女はいなくなった。このつぼみだけを残して。
僕は社会人としてようやく自信も出てきたところで、そろそろ二人の将来についても真剣に考えようと思っていた矢先の出来事だった。
当たり前に続いていくと思っていた日常は、あっけなく終わりを告げた。
あのとき僕が買い物なんて頼まなければ、あのとき僕がビールなんて我慢していれば、あのとき彼女がいつもの近所のコンビニに行っていれば。
頭のなかを駆け回るのは、いくつものあのときばかりだった。
今年もこの花は咲くのだろうか。面倒くさがりな僕だけど、彼女が残してくれたこの花だけは咲かせてみせようと思う。いつもと同じような紫色の綺麗な花びらを。
「貴方って面倒くさがり屋だから、私が居ないと駄目なんだから。でもあまり待たせすぎると離れていっちゃうかもよ。まぁもう少しは付き合ってあげるけどね」
そう言って膨れ顔を作っていた君のためにも。
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