第1部/序

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序/その2 ”はは…、まあ、自分の教え子がやれ芸能人になった、スポーツ選手になってテレビに出てるとかってさ、そりゃあ、教師冥利に尽きるよな。で、同窓会で”先生のおかげです!”とか言われてジーンと来ちゃって、その後スマホでハイチーズってな…。んなの、社交辞令の域じゃん。アホらし‥。こんな野郎の自慢ネタ聞きに神奈川から来たんじゃないっての!” さすがにその苛立ちが顔に出始めた洋輔は、ここで”反撃”に出ることを決めた。 ”丸島のヤロウ、このままなら最後まで自分の話終わんねえよ。なら、こっちからもヤツ自身のお話をもっと聞いてやるわ!” 「あのさー…、丸島。オレ思うんだけどさ、教師30数年やっててだよ、担任受け持てば一クラス30人として、その他部活顧問とか進路指導とかでコアに接した生徒って膨大な数だよな。まず聞かせてくれよ。そんな生徒、いちいち覚えてるのか?赴任先だって、いろんな学校回ってるだろうに」 「うむ…、俺は自分で言うのも何だが、記憶には自信あってな。それに、自分が接した生徒たちのその消息とかはこま目に集めたりして整理を怠らず、今じゃマイ・アーカイブのレベルになってるよ。当時の顔と名前の一致、それに今、水野が言ったコアな接触を経た教え子たちは、記録と思い出両方でずっと掌握できてる。…今スマホで見せた俳優になった生徒が高2の時にはさ…」 「ああ、その話は後で聞くから…。それで丸島、これ、客観的に見て確率の範疇じゃないか?だいたい交通事故にしてもギャンブルにしても、ほとんど耳にするのは前者なら被害者で、後者なら儲かったって話ばっかだよ。100対ゼロで自分がぶつけた方の時とか、競馬で大損なんての、わざわざ人に話すか?古田、お前なんかの周りだとどうだい?」 「そうだな、ほぼ100%、自分がぶつけられたとかだな、事故なら。やっぱ…」 「だろう?そんなもんだって。自分の恥になるみっともないことなんか、人間、好き好んで話さないんだよ。逆に、人に褒められたり羨ましがられたり、同情されることは好んで人に話したくなる。まあ、オレだってそうさ。そこでだ…」 洋輔は、高校で物理の教鞭を長く執ってきた丸島とはまた違った饒舌な語り口で、テンション高く丸島に詰め寄った。 *** 「…仮にそのコアな生徒が200人いたとすれば、俳優とスポーツ選手、それに医者や弁護士で高ステータスまで至ったヤツとか…、言ってみりゃ、教えた教師にしたら自慢したくなる教え子たちが今聞いた範囲じゃあ、10人近くだ。ならだよ…、逆に、犯罪犯してテレビで報道されたヤツとか会社で不正やらかしたのとか、そこまで行かないにしても、あの人間、自分が教えたんですよって口に出したくないヤツも相当数いて不思議じゃないよな?で…、いないのかよ、そこまで完璧に過去の教え子たちを”掌握”してるんなら」 「…」 丸島は生ビールのジャッキを握ったまま、一瞬、固まっていた。 しかし、自営業で生き馬の目を抜く場に長く身を置いている洋輔は、そんな丸島をさらに詰め込んだ。 「…じゃあ、具体的に自殺ならどうだ?いるんじゃないのか、担任なりについた子でさ。どうよ、丸島?」 「いや‥、どうかな…」 丸島は苦虫をかんだ顔つきになってそうぶっきらぼうに答えると、生ビールをごくごくと飲み干した。 その表情は、明らかにそれまでとは変化していた。 と同時に、瞬きを忘れて、どこか遠い目をしているようでもあった。 *** 「さすが教育者だわ。嘘はつけないわな。オレの問いにいないと言えない限り、そうじゃないということだよ。公務員なんか、みんなそうさ。ちなみに自殺とか犯罪犯した人間がさ、いじめを放置されたからとか、教師から受けた言葉とかが原因でってことなら、さっきの俳優とは逆に、”自分がこの犯罪犯したの、先生のおかげです”になるんだぜ。丸島、自慢話も言いが、自分に都合の悪いことにも目を向けてくれよ、教師生活ん十年のベテランセンセーならよ」 「…」 丸島は先ほどまでのほんのりと赤みを帯びた頬を白くして、無言で俯いていた。 「ああ、古田…、悪いな。そろそろ帰るわ。”これ”置いて行くから…」 そういうが早いか千円札2枚をテーブルに置くと、丸島はすっくと席を立ち、何か急用を思いだしたかのように、そそくさと店を出て行った。 えらく硬い表情をキープのまま…。 残された洋輔と和明は、ちょっとあっけにとられ、顔を見合わせていた…。
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