先生

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今となっては昔々の話である。 父が急逝し、大学進学をあきらめざるを得なくなった時、担任教師の小島が就職先として地方銀行を紹介してきた。 「君の成績や人柄を話したらぜひ会いたいと言われてね。先生の学生時代の同級生も皆、偉くなってて結構コネがあるんだよ。高卒で銀行なんてなかなか入れないぞ」 小島は頼んでもいないのに、高校の授業料免除の手続きを取ったり、いくつか奨学金を探して申請したりと、すでに高校中退を考えていた俺には余計な動きばかりしていた。 特に奨学金は返済が必要で、「これが通ったら毎月の寮費に当てたらいい」と満面の笑みで言う類のものではなく、ただ借金が増えるだけで、俺には迷惑以外の何物でもなかった。 その上、就職先である。 自慢げに言う小島にすかさず訊いた。 「年収はいくらもらえるんですか」 「ああ、まあ、今度会ったら聞いておくよ」 多分、小島は自分に感謝の言葉を並べ歓喜する教え子の姿を期待していたのだろう。 明らかに気分を害したような小島の素振りの中に、かすかに漂う侮蔑を俺は見逃さなかった。 「身の程知らずなことを言ってすみません。その銀行だと、僕の地元からは離れているから一人暮らしになります。家に仕送りする額が減るんじゃないかと思って…」 「ああ、そうか。そうだね」と小島はようやく笑顔になった。 「まあ、君も色々大変だろうけど頑張りなさい。大学はいつでも行ける。社会人になってお金に余裕ができてからでも遅くないから」 その実感のない上滑りな言葉が、小島の平穏な人生を物語っているようだった。 肩をポンポンと叩かれ、俺は高校生活の終わりを感じていた。
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