先生

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「涼し気ないい顔をしているな。年齢は?」 ホストクラブのオーナーは俺を上から下までなめるように見る。 「18歳になりました。とりあえずお試しで8月いっぱいまで働けますか」 「8月いっぱいってまるで夏休みのバイトだな。君、もしかして高校生?」 「いえ…」と一瞬の焦りを見せるもすぐに「はい…この間まで。中退しました」と持ち直す。 「ふうん…まあいいだろう。源氏名は自分で考えてくれ」 「もう決めてます」 俺は小さな紙を差し出す。 オーナーはその紙に目を落とし「早翔(はやと)か」と呟く。 ホストが俺の目的じゃない。できるだけ早く借金を返して俺の未来に向かって翔び立つこと。金銭感覚がズレていくであろう生活の中で常に本来の目的を忘れないための念を込めて付けた名前だ。 「まあ普通の名前だから誰にもかぶってはいないね。じゃあ、早翔、よろしく頼むよ」 オーナーは俺の肩をポンポンと叩いた。 「お試しでホストやって、その後どうするの?」 店の寮としてオーナーが借りている3LDKのマンションのリビングで先輩ホストの龍登(りゅうと)が話しかけてきた。 「わかりません。だけど、俺、金が無いから手っ取り早く稼ぐのに思いつくのはこれしかなくて…甘いですか」 「18で金が無いって」と半笑いで俺を見る。 少し()を置いて「春に親父(おやじ)が死んだんです」と言うと、龍登の顔から笑いが消える。 「そんな顔しないで下さい」と今度は俺が半笑いになる。 「社長が急死したら会社がつぶれて借金が残ったっていうよくある話です。親父一人で持ってたような会社だから」 「借金いくらあるの?」 「まだ家が売れてないから…売れたら残り5、6千万くらい…やっぱり甘いですか」 龍登がニヤリと笑う。 「いや、悪くない。そのくらいなら数年で返せる。№1になれればな。まあ、この一か月やってみて自分はトップになれるか底辺のままか見極めればいい。底辺ホストになるくらいなら大型免許取ってトラック乗ったほうが効率いいぞ」 そう言うと俺の髪をクシャッと軽くつかんで立ち上がった。 「ここはあとホスト二人がそれぞれ5畳の部屋を使ってる。俺の部屋は7畳あるからそこに布団敷いて寝ろ」 通された龍登の部屋には女性雑誌にファッション誌、小説、新聞と足の踏み場もない。 「床にあるやつ全部捨てていいから」と龍登が片付け始める。
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