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その罪の名前は
ハプスブルク=ロートリンゲン家の後継であられるルドルフ皇太子殿下がマイヤーリンクで心臓疾患で亡くなられたと発表があってから一ヶ月。愛人のマリー・ヴェッツェラ嬢が共に死んだとの報道にウィーン社交界では早くも様々な噂が飛び交い、警察も宮廷関係者も噂の揉み消しに躍起になっていた。
尤もウィーンの街と市民を守るのが使命であるヘルツ警部は近隣諸国がこの混乱につけ込むこと、100年前の"若きウェルテル"現象による拳銃自殺がまた流行ることの方を心配していた。だからドナウ河近くに屋敷を構える准将ヴェルレンデン伯爵家の御子息で、美男子と名高いオットーが銃に撃たれて死んでいるのが発見されたと聞いた時は自分の懸念が当たってしまったことに対してうんざりした。
「……自殺か?」とヘルツ警部はヴェルレンデン伯爵家の廊下を歩きながら先に現場に赴いていたヒューゲルに聞いた。
「状況を見るにその可能性が濃厚です。しかし自殺では教会が埋葬の許可を出しません。……それに夫人が息子は自殺するような男では無いと強硬に言い張るものでして」
その気持ちは分かる。誰だって子どもの不慮の死を自殺だとは思いたくない。ヘルツ警部も娘のイレーネが不可解な死を遂げたらそう思うし、皇帝陛下御一家もルドルフ殿下の訃報を受け取った時、同じ気持ちだったに違いない。ヘルツ警部は親として子どもを亡くした親の心情を慮った。
「遺書の類は?」
「今のところ見つかっていません」
御子息オットーの自室は軍人の部屋よりも文人、物書きの部屋、という印象を受けた。紙束や本が雑多に積み重なって机を占拠している。ペンやインク吸い取り紙も使用中のまま置かれている。
「検死はドクトル・カントの返事待ちか?」
「詳しい結果は報告待ちですが、初見で昨夜十時から十一時頃だろうと教えてくださいました」
「ドクトルがそう言うなら間違いないだろう。良し。じゃあその時の状況を、ヒューゲルは使用人から、わたしは伯爵ご夫妻からお話を聞くことにしよう」
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