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「ヘルツ警部、貴方は花に興味はおあり?」と侯爵夫人が切り出した。「私は花が大好き。花は美しいだけでは無く、時には人よりも雄弁に言葉を語るのよ。アフロディテと一緒に生まれた薔薇が愛を、オリーブにノアが放った白鳩と新世界への平和を連想させるように。フランス社交界ではかつて花々を人に表して、その隣に花の特性から連想される言葉で詩を作るということが流行っていて、私もやってみようと思ったの」
「……それにオットー様も参加していた」
「……ええ。オットー様は大変熱心でしたわ」と侯爵夫人は頷いた。「オットー様に詞華集を渡すと沢山の花と言葉をしたためて返ってきたものです。彼は詞華集を編み込む集まりの中心的な人物だった。でも最近は元気が無さそうで落ち込んだり、苛々しているように見えたわ……人は皆、あのサロンに彼が想いを寄せる人がいたと噂したわ。でもその人は当然オットー様を相手にしなかったのね。日に日に彼は元気を無くしたわ。苛々した様子も見せて……それでサロンの空気が悪くなってその日はサロンを閉めざるを得なかったわ。それが昨日の夕方のこと。だからてっきり……」
ヘルツ警部は侯爵夫人の最後の言葉に身を乗り出した。「オットー様の詞華集に何の花を描いたのでしょうか?」
「確か……クマツヅラ、赤のチューリップ、紅薔薇とオレンジ色の薔薇、ラベンダー、イヌサフラン、勿忘草だったかしら。あからさま過ぎて顔を顰めた方もいらっしゃったわ」
ヘルツ警部は花々を書き記した手帳を閉じた。「……侯爵夫人、大変不躾ですがその花と詩の詞華集の参加者の名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか? あからさま過ぎて顔を顰めた方の名前も」
侯爵夫人は逡巡した。「……皆さんに迷惑はかからないと約束してくださる?」
「出来る限りそのように計らいます」
侯爵邸を辞したヘルツ警部はヒューゲルと合流する為に死体保管所に向かった。ヒューゲルはオットーは殺されたのだと断言した。
「こめかみに火傷の跡はありませんでした。それに拳銃の引き金に指はかかっていませんでした。もし自殺したなら指は引き金から離れないと警部はおっしゃいましたよね?」
ヘルツ警部は頷いた。「ヒューゲル、来てくれ。調べることが沢山ある。図書館に行くぞ。シャーロット・ドゥ・ラトゥールの『花言葉』という本を手に入れないといけない」
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