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「お言葉ですけどね」と、一葉さんは物申したいようだ。
「前回の新渡戸さんもそうでしたけど、五千円札の人の名前が珍しすぎじゃないですか?覚えにくいのですよ。あなたは、野口に英世ですよね?探せば同じ名前の人たくさんいそうじゃないですか」
一葉さんが言いたいことも、わからなくもない。
「珍しいからこそ、覚えているんですよ。僕の場合、一葉さんの言う通り、どこにでもいそうだからこそ、忘れられるんですよ」
英世さんの口調に熱が入る。
「いいですか、『樋口』といえば『一葉』なんです。でも、『野口』といえば『五郎』もいれば『健』もいる。『みずき』もいますよ。……『聡一』もいますね」
同じ『野口』に詳しい英世。
「そうなると、やはりお札から引退しても諭吉さんは忘れられることないですね」
一葉の言葉で、二人が口を閉じる。そして、諭吉さんがついに口を開いた。
「ちょっと待って、僕もお札から引退?」
意外にも、諭吉さんの一人称も『僕』だった。
「諭吉さんも代わりますよ」
「僕も?四十年くらい一万円札としてやってきたのに?ヤダ、ヤダ、ヤダ」
やっぱりお札から引退させられるのはイヤなんだな、と僕は食べ終わった牛丼の容器をゴミ袋に入れる。そのまま、台所のシンクにお湯を溜める。
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