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魔法少女時代(1)
真笛の口は半開きの形で止まった。
「はぁ?」
「だからー。ルビア国の王女サフィールが悪い魔物に誘拐されたガロ。カナルっていう魔物が王女を連れて人間界に逃げ隠れてるガロ。魔法少女ロンリーミルクに変身して、占いで居場所を探して王女を取り戻してほしいガロ!」
部活で遅くなってしまった中学校の帰り道。あたまに何かが落ちてきた。フィガロと名乗った「それ」は少女の前髪を滑って、腕にすっぽりと収まる。
くまのぬいぐるみ。
ふわふわした茶色の毛は、新品のつやめき。丸い眼鏡を掛けている。ウサギのように目が赤い。
そして、よくしゃべる。
最近のおもちゃは精巧だなあと感心する。
「このままじゃ、人間界にも被害が及ぶかもしれないガロっ! 世界平和のためにも、頼むガロ~!」
「いや、わたし学校も部活もあるし、塾も、家の手伝いも……」
真笛はそのくまを歩道に放すと、一歩退いた。肩にかけたフルートのケースを持ち直す。
公立中学には珍しい本格的な音楽部に入っているので、毎日のように放課後の練習にいそしんでいるのだ。
「だ・か・ら、その平和な日常も一瞬で消え去る危機に瀕してるガロ」
「なんでわたし? もっと他の暇な……いや、素質のある人にお願いしたら」
「その逸材がおまえさんガロ。おまえさんは、日本に住む女子中学生、約四二〇〇万人の中から選ばれた、伝説の少女なんだガロ」
息をのんだ。
魔法少女にあこがれたのは、ランドセルを背負う前。
うさぎのマスコットキャラクターがいつでもスカウトに来ていいように、部屋の窓を開けて寝た。月明かりに当てるとパワーを充電するという、魔法の変身コンパクトを窓辺に置いた。
幾度、夜を経ても、真笛を魔法少女に誘うマスコットは窓をノックしない――
なのに!
ある程度、万有引力の法則とか科学とか、インターネットの闇もわかってきた十四歳の時分に、来るなんて。
遅すぎる。
「さあ真笛」
なんでなまえ、といぶかしむ暇もなかった。
フィガロは、五芒星の宝石のまわりに琥珀が付いた腕輪を、真笛の左腕に填めた。
「腕輪の星をなぞって、叫ぶガロ! 『メタモル・フォーチュン・テリング』!」
「はい……!」
光が差し込んで、ぱあっと視界が開ける。
人通りが少ないとはいえ住宅地の真ん中で、駐車場と分譲マンションにはさまれた往来の道だ。真笛は路地裏に回ってから、フィガロにせかされるままに叫んでいた。
「メタモル・フォーチュン・テリング!」
七色の光がリボンになって流れる。
リボンは踊るように身体に巻き付いて、真笛の姿を内側から変えていった。
光の中からはじけるように飛び出てきたのは、見たこともない美少女。
鮮やかな紺色のワンピースには、袖や裾にショートケーキの生クリームのようにフリルが盛られて、スカートは金色の刺繍が星座になって輝いている。
胸元には大きな星のエンブレム、足下は黄色のエナメルブーツ、そしてストロベリーブロンドに染まった髪はふたつに結われ、風の中で踊っている。
リボンのついた小さな王冠をつけて、手には星形の魔法のロッド。
「魔法少女ロンリーミルク、参上! 今宵は星の導きに従いなさい!」
教わっていなくても、わき水のように、自然と言葉が口からこぼれ落ちる。
真笛は電柱の影に隠れて口をおさえた。
「って、星の導きってなに……?」
よくわからないまま真笛は、ビッグウェーブに乗って魔法少女になった。目の前に流れてきた大きな桃を持ち帰るおばあさんのような、反射的な行動だった。
だいたいなんなんだよ、ロンリーミルクって……孤独なミルク? ハードボイルドか?
まだ夕方で、薄暗い東の空に雲に混ざって、ちらほらと星が瞬いていた。
部活または塾の終わったあと、夕飯までの貴重な時間をさいて、遊ぶでもなく真笛は「魔物カナル」の探索に励んだ。
もちろんその分、友人たちとの交流は希薄となる。付き合いが悪くなった自分が、クラスでどう思われているか――そんなこと気に掛ける余裕もない。
フィガロは真笛の部屋に住み着いた。もともとぬいぐるみの多い部屋で、ひとつくらい増えても違和感はない。帰ってくると、一息つく間もなく変身。室内で魔法少女になって、さっそく魔法占いを始める。
魔法のロッド、スター・スコープの中央の星をくるりと回して、唱える。
「教えて、ホロスコープ!!」
すると星がくるくる回って、赤山市内とその近隣の町の地図が赤いフィルムのように浮かび上がる。その上に、金色の光で示される。
カナルとかいう魔物が、どこに潜伏しているかを導き出すのだ。
いったいなぜ、こんな何の特徴もない町に魔物がいるのか? フィガロに聞いても答えはない。北海道や沖縄にいると言われても、中学生の真笛が追跡するのは無理だ。
近所にいたほうが好都合だけれど、さすがに捜索の範囲が狭すぎるのでは……?
そんなに成績の良くない真笛でも、疑問を持った。それを冷静に指摘すると、
「これでいいんだガロー!」
とフィガロが眼を半月型にして怒る。
ので、しぶしぶ従っていた。
星が示す地図の位置に急ぐものの、空振りがつづく。公園や空き家は序の口で、かぐわしいウェハース工場の中、宅配便の荷物の集積所、つぶれた喫茶店の跡地、などなど。
電車賃ももらえないので、自転車である。
魔法少女コスチュームで自転車を走らせるのは、断固拒否した。いったん変身を解いて、私服姿で活動した。
「変身すれば身体能力も上がるのに! いちいち戻るなんて非効率ガロ!」
と、フィガロは不服そうだったが、無視。
あの格好はコスプレにしか見えないし、おまわりさんに補導されては親に合わせる顔がない……。中学生は、もう大人の入り口にいるのだ。社会性だけは死守したかった。
進展もなく時間だけが過ぎた。
その間、探索の魔法しか出番がないわけではなかった。
辛苦の魔法少女には毎日のように、飽きもせず、刺客が送り込まれた。
二ヶ月も毎放課後、同じ時間に、サフィール探索に精を出すロンリーミルクをじゃましてくる。
増えるワカメのようなもっさりした黒い髪のなかに、赤や紫が少しまぎれている。隈の目立つ紫の目、靄がかかったような灰色の軍服。左の頬に、蝶の入れ墨。
年齢の読めない顔つきだが、真笛の父親より老けて見えた。
彼が登場するのは、決まって公園か少し広い道。人払いでもしたかのように、周りにだれもいない。
「闇の運河(カナル)四天王、ダンダリオン見参!」
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