魔法少女時代(2)

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魔法少女時代(2)

「ふあぁ……またあんたなの?」  真笛は大あくびしながら自転車を停めて、しぶしぶロンリーミルクに変身した。生身の身体では戦えない。  その間、敵さんは律儀に待機している。 「しつれいな……おれでは役者が足りていないとでも?」 「四天王とか言ってるくせに、あんたしか来ないじゃん」  面倒なので決め台詞を省略し、ロンリーミルクは半眼で告げた。 「他の三者は今、のっぴきならない事情により手が放せないのだ……!」 「へー、みんな仕事でもしてんの? ワカメちゃんは無職?」 「おれの名は、『ワカメ』ではない。ダンダリオンだ――っ!」  腰の細い鞘からサーベルを引き抜き、ダンダリオンは構えた。  いくら魔法少女とはいえ、大の大人が中学生に堂々と刃物を向けてくるとは。最初は驚いて涙目だった真笛も、今は慣れた。 「あーもうめんどくさいなあ。ロンリーミルクこぐま座っ!」  少女のかんむりの頭上に、こぐま座の星座が輝き、浮かんだ魔法陣から、「こぐま」が出てくる。ぬいぐるみではない、本物の熊に見える。  甲高い鳴き声を上げ、こぐまはダンダリオンの懐に襲いかかった。  サーベルを振り上げて応戦する。その間に、ロンリーミルクは次の相手を生み出す。 「ロンリーミルクへびつかい座っ!」 「ロンリーミルク春の大曲線!」 「ロンリーミルクはくちょう座!!」  ダンダリオンは次々と剣一本で、召還された星座獣たちをさばいていく。  ロンリーミルクの繰り出す攻撃の魔法は、意外と頑丈だった。 こっちは魔法で簡単に召還しているだけなのに、敵さんは身体を張って戦っている。しかも、いい歳したおじさんだ。ロンリーミルクはなんだか申し訳なくなってきた。もちろん、魔法少女の魔力だって有限なのだが、今のところパワーが尽きたことはない。  ダンダリオンの腕がだんだん鈍く、重くなっていく。  フィガロが叫んだ。 「ミルク! 今ガロ、やつを生け捕りにしてカナルの居場所をはかせるガロー!」 「そんな、悪役みたいなこと……」  ロンリーミルクは呟きながらもフィガロの命令に従って、捕らえるためにダッシュする。  が――  瞬間移動の魔法を発動して、刺客は姿をくらましてしまう。  覇気を失って、ロンリーミルクは豆腐のようにその場にへたりこんだ。もう、帰る時間だ。 「もう、いや……」  このパターンだった。毎日。  互いになんの良いこともない。  もしテレビアニメだったら、視聴者がとっくに飽きている頃合いだ。話の流れがワンパターンだし、なによりも、ロンリーミルク以外の『追加魔法少女』が一向に登場しない。  普通なら仲間が次々と現れて、友情を育み、女の子ばかりの賑やかな5人組になるのが定番の展開。なのに、彼女はずっとソロ活動だった。  今どきの魔法少女モノでは、あり得ないことだ。  この特殊な状況を分かち合える友が、いない。    また、別の日。  川沿いの道を、自転車で走る。  曇り空からは小雨がパラパラと落ちてきて、げんなりした。  これだけ見つからないのだ。 1、カナルとサフィールは遠くに引っ越した 2、もともと近くにいない 3、ロンリーミルクの探知魔法がおそろしく精度が低いヘボ。役立たず。  このいずれかだ。絶対。  真笛がそう力説すると、前カゴに乗ったフィガロが口をとがらせる。 「そんなわけないガロ~。やつらが人間界に行ったっていう確信があるから、女王リコリーヌ様は、こうやって人間界で魔法少女に託する手段をお取りになったガロよ。女王様を疑うなんて信じられないガロ、不敬罪ガロ」 「知らないもん、だってわたしの国の女王じゃないし……会ったこともないんだよ、こっちは」 「おまえさん、自分の国のトップと会ったことあるガロ?」 「ないけど……」 「普通ないガロ、がんばるガロ! オイラが女王様の使者、つまり天使のフィガロ様と呼んでくれていいガロよ」  声を張るフィガロも、目の下には隈をこさえて、カラ元気なのは明らかだった。真笛のモチベーションは下がる一方。 「あーもう、やってらんないよぉ!」  投げやりのまま移動すること四〇分。着いた場所は女性名前の、スナックと呼ばれる飲み屋だ。『準備中』の木札が掛かっている。 出入り口できょろきょろしていると、商店街の焼き鳥屋のおじさんに声を掛けられた。  生き別れの父親を捜しているのだとうそを吐いた。フィガロの話によるとカナルは、右半分が黒で左半分が赤の特注スーツを着て、髪は神々しい紫だという。 「お父さんは芸人かなにか……? そんな目立つひといたら、すぐ分かるよ」  親切なおじさんは半笑いになり、焼き鳥網の調理場に引っ込んでいった。 考えてみれば、魔物だろうと今は日本人に扮した格好をしているに違いない。  この日も成果なし。  団地のビルの谷間から夕陽が落ちる小路を、自転車を押して帰る。酷使された相棒は、前タイヤの空気が抜けてしまったのだ。 「廃業したい……魔法少女を廃業したいよぉ……ねえフィガロ、きいてる?」 前カゴに収まったフィガロを見やると、腹を上に向けて横になっている。なにも返答がない。ただのぬいぐるみのようだ。
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