プロローグ

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プロローグ

 人生とは、自己満足である。    大切な人のため、故郷のため、社会のため、世界のため。  多くの人間が、何かのために頑張っていると、人生を費やしていると、異口同音に唱えるわけだけれど、結果的にそれは、自分のために変化され収束されるのだ。    好きな人に喜んでもらいたい。だから、プレゼントをあげよう。好きな人のための行動。いや、違う。自分が相手に好かれたいから、もらった相手の喜ぶ姿が見たいから、だからこその行動だ。    ボランティアだってそう。  例えば、ごみ拾い。地球を綺麗にするためにごみを拾っている――のではない。満たされたい、その思いに従ってボランティアとしてごみを拾っているのである。    善行をすることで満たされる欲求。つまりは、周囲から尊敬の眼差しで見られたい、などがあてはまってくるだろう。  所詮、何かのために、なんてものは自己の欲求を満たすためのきっかけにすぎないのである。    表立って自分の欲求を満たしています、と言ってしまうと、大半の場合が自己中心的で嫌な人間というレッテルを張られてしまうことになる。  ならば、と。  私は誰かのために、何かのためにこのようなことをしているのですよ、と。そう言ってしまえば、大衆は嫌な顔をしない。むしろ、好意を示してくるのだ。    だがまあ、それが悪いと、私は言いたいわけではない。大いに結構。  自己の満足を求めないのであれば、一体何のために生きているのか。哲学書なんて読んでいる暇があれば、自分のやりたいことをやればいいのである。    さて、ここだ。私が言いたいのは、ここなのだ。  やりたいことがやれる。それは自己の満足を得ていると言えよう。  人生=自己満足という等式を見事に証明してみせている。  では、証明できない人間はどうだ。人生=自己満足が成り立たない人間。やりたいことが出来ない、もしくはやりたいことが見つからない人間。  彼らにとって人生とは、一体何か。  答えは簡単だ。  世界の公式ともいえる等式が成り立たない人生を歩んでいるものにとっての人生。  今という瞬間すらも楽しみ謳歌している者たちを妬みながら、自己の欲求を満たすことも出来ずにひっそりと生き続けているそんな人生。    数学のお時間だ。中学生だって解ける問題。  等式が証明できない、等式が成り立たない。それはどういうことか。    そう。    間違っているのだ。  その証明も、その式も、全て間違っている。根本から間違っている。    ならば、どうする。等式を成り立たせるためには。正しい証明をするには。  そんなこと、考えるだけ無駄。  出来るものならば、既にやっている。実践している。    あまりに、馬鹿馬鹿しい。だからこそ真理。    人生=自己満足が成り立たず、それでもなお自己の欲求を求めるというのならば。    自らの生を周囲のように謳歌したいと望むのであれば。    簡単だ。   人間を――やめればいい。    そうすれば。  新たな等式を創り上げることが、出来るかもしれない。そうだろう?
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