大切なあなた達に私ができる最高のこと

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 石田は小走りで店に戻ると、水色のストライプのエプロンを脱いですぐに戻ってきた。左肩にはトートバッグ、右の手には小さなケーキの箱が握られている。 「お待たせ。ほら、これ。未希子さんも美々ちゃんも好きでしょ、スイートポテト。もう廃棄になりそうだったから、もらってきちゃった」    石田は右手を美々に向けてあげるとにっこりと笑った。  スイートポテトが大好物な美々は、思わずパッと顔をあげてしまったが、次の瞬間にはまた落ち込んだ。  働こうとしていた自分が、逆に菓子までもらってしまった。いつも与えられるだけで、つくづく役に立てない。   「さ、じゃあ行こうね」  そう言うと石田は美々を抱き上げる。  自分で歩けるのに、本当にみんな美々に対して過保護だ。父も母も、商店街の人々も。  美々は石田にしがみつきながら、ぼんやりとそう考えていた。  川沿いの土手を再び通る。  日が落ちかかっているせいもあるが、行きに通った時よりも寂しげに見える。  夢破れたり――静かな水面がそんな風に言っている気さえした。  美々は思い出していた。  雨の中で打ち捨てられていた自分を救ってくれた両親のことを。  美々が一人で暮らせるまで、時々様子を見にきてくれた日々のことを。  人の優しさに触れたのはそれが初めてだった。  それから10年、ずっと両親のことを見守ってきた。  身寄りもなく学歴もない両親が社会で傷ついているのを見るのは辛かったが、美々には商店街の人々と同じように、ただ彼らを近くで見守ることしかできなかった。  美々を見かけた両親が、優しい笑顔で頭を撫でてくれるのが嬉しかった。彼らを見守るなんて口実で、本当はそうやって愛情をもらいたかったのかもしれない。  そして、それから数年の時を経て、両親は美々を家族として迎え入れてくれた。美々が両親を大切に思う気持ちを、彼らもきっと感じてくれたのだろう。  家族に恵まれなかった美々は、家族の愛情を強く欲していた。  近くも遠くもない距離から見続ける日々を終え、家族として過ごす時間の何と愛おしいことか。  命を救ってくれただけではなく、これほどの幸せを与えてくれた両親に美々は感謝している。  だから、自分も両親を幸せにしたい。 「美々ちゃん」  土手をゆっくりと歩きながら、石田が言った。 「今日は何かがあって一人で商店街まで来たのよね? ……未希子さん達のことを心配したのかな。二人のことは、何となく聞いてるよ。このご時世だから、仕事がなくなっちゃったって。商店街の人達も、みんな心配してる。お店だってこれからどうなるか分からないのに、みんな二人のこと気にかけてるの。すごいよね」    美々は泣きそうになるのを堪えて水面を見続ける。  そうだ、両親はずっとこの街で、街の人達から愛されてきた。決して幸せとは言えない生い立ちだったろうに、それでも笑顔を絶やさず、清い心を失わずに毎日を懸命に生きてきた。  美々は知っている。  母は、幼い頃に満足に食べられなかったせいで持病があり、子供を持つことを望めないと医者に言われたそうだ。まだ若いのに。  だから美々があの家に迎えられた。  そして本当の子供のように、自分達の体よりも大切に慈しまれてきた。  大好きとか、大切とか、両親にはそんな言葉ではこの気持ちを伝えきれないのだ。   「でもね、美々ちゃん。今日みたいに、何も言わずに二人の側からいなくならないでね。たとえほんの少しの間であっても。あなたに何かあったら、あの二人はきっと生きていけないから。修二さんと未希子さんは、仕事がなくたってお金がなくたって、あなたさえいれば幸せなのよ。お願いね」  石田はポンポンと美々の背中を叩いた。その呟きには、何か石田の祈りのようなものが込められていた。  石田さんも両親のことを大切に思っているんだ――。  今度こそ涙が溢れそうになった。  美々のやるべきことは両親を手助けすることではないのか?  私さえいれば、両親は幸せ?  そんなバカな。これほどの幸せをもらっているのは美々の方だ。    
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