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未知の世界へ
―2026年、架空の都市·海ヶ丘市内
「お邪魔しまーす!陽輝ー、遊びに来たぞ!」
紺色の髪に髪の色と同じ色をした瞳を持つ少年……馬宙は、病弱で通院の多かった陽輝の数少ない友達の一人だった。
暇を見つけてはこうして陽輝の家に上がりこんで二人で遊ぶのが一つの日課となっていた。それは高校に進学した今年も続いていた。
「馬宙、高校はどうだい?少しは大人しくやれてるの?」
「もちろんだぜ!もうオレは中学の時みたいにすぐにカッとなったりはしないよ!そういうお前こそ、いつになったら復学すんだよ!」
「あ……そのことなんだけどさ。実は僕、また入院することになるかもしれないんだ」
陽輝は少し顔を下に向け、辛そうに自分の現状を話した。
「そっか……今年こそは二人で最高の高校生活が送れるって思ってたんだけど……やっぱり無理だったか」
「馬宙が気を悪くする必要はないよ……少し体が怠くて……それがここ数週間続いてるからそれで一回病院でを受けることにしたんだよ」
「お前が体弱いのはよく知ってる。だからあんまり無理言えないのも分かってる。けど……今回ばかりはちょっと寂しいかな」
馬宙は何だかんだで陽輝の復学を待ち続けていたこともあり、彼が一応学生生活最後の舞台となる高校もろくに過ごせずに終わっていくのだけは寂しさを感じていた。
「検査の結果次第ではちゃんと通うから安心しなよ、馬宙」
「おう、お前が高校に来た暁にはきっとかわいい女の子と仲良くできるバラ色の学校生活が待ってるぜ!」
「ぼ、僕としては普通に過ごしたいなぁ……」
―その後
「あら、馬宙くんうちに来ていたのね。いつもいつもごめんなさいね、家が遠いのにわざわざ来てもらって」
「いえ、これはオレ自身が望んでやってることなんでお母さんがお気を悪くする必要はないですよ。それじゃ、オレは帰ります。お邪魔しましたー!」
馬宙は玄関を出て自転車に乗って、15分ほどかかる自宅まで全力で走った。馬宙の家は妹が幼いこともあって高校生になった今でも門限が決められており、それを超過した場合その日の夕食は無しにされる独自のルールがあった。
「さ、陽輝……夜の診察にはなっちゃうけど、行きましょうか」
「うん、分かった」
陽輝も車に乗り込み、街で一番大きな病院の海ヶ丘市立病院に向かうことにした。この病院には新旧様々な医療機器が出揃っていて、経験豊富な医者が多数いることで知られている。
陽輝も幼稚園年中〜小学校低学年までの間はこの病院の病棟でお世話になったという。
―海ヶ丘市立病院 問診室
予約した時間が時間だったのか、比較的人が空いていたこともあり検査はスムーズに進んだ。今陽輝はちょうど血液検査を終え、その結果を母と共に見ていた。
「陽輝くん、すごく申し訳ないが……君はHIV感染症を発症しているよ。それも、母子感染型のね」
たまたま血液検査や問診を担当したのが陽輝と幼少期に縁があった角山先生だったが、先生はその結果を真っ先に知って悲しんだものの、事実をしっかりと陽輝たち親子に伝えた。
「先生、息子はどうなるんですか?治りますか?」
「HIV感染症は病原菌を完全には排除できません……しかし、進行を抑える薬を投与すればそれだけ長生きすることはできるでしょう」
「そうですか……」
「それと、これを書いていただきたいと思います」
先生が出した紙はこの病院で密かに取り入れられているVR療法の同意書だった。VR療法とは、何らかの重病患者のうち10代の人にのみ設けられている治療法で、簡単に言えば『入院中の暇な時間の埋め合わせを仮想世界ですることで、暇な時間にかかるストレスを少しでも解消する』というものだ。
しかし難点もあり、通常の病室ではなく専用の病室で療養することや、マシン起動中は外部との意思疎通が一切できなくなることに伴い、急な容態変化に気づけないなどが挙げられていた。
「お願いします……陽輝を助けてあげてください」
「母さん……」
陽輝の母は何も迷うことなく同意書にサインし、先生に渡した。既に同じ病気が原因で夫を亡くしているからこその決断であった。
「分かりました……では、陽輝くんの身柄はこちらで預かります。主治医は僕が担当します……必ず、元気な姿で帰してあげる事を約束します!」
その後、陽輝は先生に連れられVR治療室へと向かうことになった。
一般用ゲーム機〈ゲートギア〉と並行して医療目的で使用する前提で作られた兄弟機〈ゲートドクター〉こそ、海ヶ丘市立病院最大のウリの一つであるVR療法の核となるものだ。
「そこに寝てくれ、陽輝くん」
「はい……こう、ですか?」
「そうだ……よし、今から君を仮想世界へダイブさせる。それじゃあ、行ってらっしゃい」
先生のこの言葉を最後に、陽輝は仮想世界へとダイブしていった。それに合わせ、現実の彼の意識はスーッと消えていった。
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