出会いⅡ(2017年冬)

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出会いⅡ(2017年冬)

2017年12月6日  「私のこと、覚えていますか?」  図書室の前に立っていた彼女は、啓太のことを見つめてそういった。「えっと…。来年の文化祭実行委員長さんか何か…??」啓太は彼女に見覚えなど一切なかった。「ちがいますよ。以前木本先輩を訪ねに放送室に伺いました。」彼女は優しく微笑みながら言った。「あー!」(……??)啓太は彼女のことを全く覚えていなかったが、話の歩調を合わせ、あたかも彼女のことを今思い出したように返答した。  啓太の前に突然現れた彼女は、以前放送室に副委員長の木本を訪ねに来た、高校一年二組の藤田真紀であったのだ。  「ちょっと、お話しませんか?」人にお願いされては断ることができないのが啓太の性格。試験勉強で啓太はそれどころではなかったが、「いいよ。」と、お人好しな返事をした。  「ここじゃなんだから、テラスに行きましょう」真紀が啓太を外へと誘い出した。校舎内は冷暖房完備で、ぬくぬくと過ごせるが、テラスに出ると温度は一変。凍てつく寒さが二人を包んだ。校舎内の暖房が効いていたこともあって、啓太は冷たい風が少し心地よく感じた。  「先輩のお名前、聞いてもいいですか?」真紀からは予想もしなかった言葉が発せられた。(名前も知らずに呼び出すってどういうこと…)啓太は少し不思議そうな顔をしながらも、「水川啓太、っていいます。君は?」と、素っ気なく返事をした。「あ、すいません。藤田真紀です。一年六組です。」と少し緊張した面持ちで答えた。  そこから二人は他愛もない会話をし、最後には真紀のほうから啓太のLINEを聞き出し、友達登録をしあい、その日は下校した。  なんだったんだあのこ…。啓太は真紀のことを不思議に思いながら湯船につかっていた。「灯油はいかがー。灯油はいかがですかー。」この声を聞くと啓太は冬の訪れを感じる。啓太にとっての季語の様なものだ。   お風呂から上がり、お気に入りのスウェットに着替え、髪を乾かし自室に向かった。充電コードがささったiPhoneの画面には「一件のメッセージがあります」と表示されている。指紋認証をし、LINEのアイコンをタップすると、真紀からメッセージが届いていた。  「今日はお会いできてとっても楽しかったです。今度お時間が合うときに二人で一緒に帰りたいです!」というメッセージと共に、可愛げのあるスタンプが添えられていた。「こちらこそありがとう。そうだね、今度時間があるとき是非。」といかにも建前チックな返事をした。既読は直ぐにはつかず、啓太は再びiPhoneを充電コードに挿し、試験勉強を始めた。大嫌いな数学の問題を解きながらも、藤田真紀のことが脳裏によぎっていた。(なにあの子、まあ可愛いからいいけど…。)  そこから試験が終わるまで、一日数件、真紀と圭太はLINEをした。啓太が真紀はお笑いが好きで少し遠くの町に住んでいること。得意科目は社会系の科目で特に日本史が大好き。中学から演劇を続けていることなど、多くのことを知った。  試験が終わってからも二人のLINEは続いた。常にLINEをしているのではなく、お互いの空いた時間に一日数件。啓太にとっては心地よい距離感であった。  2018年1月10日  試験の答案返却も済み、年が明けたこの日、真紀と圭太は一緒に下校する約束をしていた。待ち合わせ場所は、この前と同じ二階図書室前。約束の時間は15時45分。啓太はホームルームが早く終わり15時30分には図書室の前で待ってた。  「遅れてすいません。待ちましたか?」英単語帳を読んでいた啓太は視線を上に挙げると、そこには真紀が立っていた。啓太が腕時計に目をやると時刻は15時45分ちょうど。「全然、いこっか。」啓太はそう言って彼女と校舎を後にした。外はとても寒い。真紀が首に巻いている赤と茶色そして緑のチェックのマフラーがとても暖かそうであった。肩を並べて歩く帰り道。今日の啓太のイヤフォンは出番なしであった。隣同士で歩いていることもあって、啓太と真紀の手が時々触れ合う。啓太は何も思っていなかったが、真紀は頬を薄ピンク色に染めていた。  先日のお笑い番組の話をしながら歩くこと十分。二人は学校の最寄り駅に到着した。啓太は上り。真紀は下り。15時55分に下り電車が到着した。「じゃあね。楽しかった。ありがとう。」といって真紀と別れを告げた。電車が到着し、ホームドアが開く。中から熱気と共にサラリーマンや学生がどっと出てきた。「じゃあ。」啓太がそう言うと真紀は少し寂しそうな顔をした。「いや、先輩をお見送りしてから帰ります!(笑)」寒さのせいなのか、真紀はさっきよりも頬を赤らめてそう言った。啓太は少し驚いたが、にこりと笑い、「ありがとう。」と言って先ほどのお笑い番組の話をつづけた。  時間はあっという間に過ぎ、16時の上り電車が到着した。啓太は真紀に別れを告げ、ホームを後にした。帰りの電車ではいつも少し混んでいる。啓太は幸運にも空いていたシートに座り、ポケットから絡まったイヤフォンを取りだし、iPhoneに挿した。お決まりの手順で指紋認証を済ませ、LINEMUSICをタップし、啓太は「冬がはじまるよ/槇原敬之」をタップした。ハーモニカの音に軽快なリズムが刻まれていき、心地よい歌声が添えられる。向かいの車窓から真紀が手を振っているのが見え、啓太も胸元で小さく手を振った。冬が始まるよ、いやあと数カ月もすれば季節は春になるだろう。 続く
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