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親睦(2017年冬、2018年春)
2018年2月13日
初めて啓太と真紀が一緒に下校したあの日以降も二人は時間が合えば、時々一緒に下校した。二月十三日の夜、啓太はお風呂から上がり、ベットに寝ころびYouTubeを見ていた。啓太のお気に入りは水溜りボンド。彼らのドッキリ企画が大好きなのだ。一本動画を見終え、次の動画を探していると、画面上部から通知バーが下りてきた。見慣れたLINEのアイコンの横には「真紀」の文字。すぐに既読をつけるのもなんだか気まずいので、啓太はもう一本の動画を見終えた後に、真紀とのトークルームを開いた。
「先輩、明日お渡ししたいものがあるんですけど、お昼休み教室に伺ってもいいですか?」啓太の頭には恥ずかしそうにつぶやく真紀の顔が浮かんだ。そう、明日はバレンタインデー。啓太は「わかった!昼休みは教室にいるね。」と返信し、胸の前で小さくガッツポーズをした。啓太は真紀と交際しているわけではない。真紀から告白されたわけでもない。ただ、啓太にとって真紀からもらう明日の贈り物は、なんだか特別なものの様な気がしてならなかったのだ。啓太は嬉しく思う反面、別に真紀のこと好きなわけじゃないし…。と冷静になった。
この日は、明日真紀から受け取る、きっと素敵なの贈り物を楽しみに思い、眠りに落ちた。
2018年2月14日
教室でいつもの友人たちと昼食を食べていると、教室前方のドアをノックする音が耳に入った。視線をやると、そこには真紀が立っていた。「水川先輩は…。」上級生の教室に入るのはやはり緊張するのだろう。いつもより少し表情が強張っていた。
しかし、真紀は啓太を見つけるなり、彼女の口角は上がった。啓太が真紀のもとに駆け寄った。「これ、バレンタインデーなので…。」と、少し恥ずかしそうに眼をそらして、可愛らしい紙袋に入ったお菓子を啓太に手渡した。持ち手がほんのりと温かかった。啓太もなんだか少し恥ずかしくなり、真紀の目を追うのをやめた。「ありがとう!」そう言うと、真紀は「いえいえ、では。」といって足早に去って行ってしまった。啓太の目には、廊下を小走りする真紀の背中が、何故だか少しだけ可愛らしく映った。
教室に戻ると、さっそく友人の田中が冷やかしてきた。「ねえ、それもしかして彼女ー??ねえねえ、いいな、俺にも分けてよ。」と田中がからかう様に言ってきた。「ばか!そんなんじゃないし!ただの後輩!!」啓太は強く言い返した。この時、啓太は自分の頬がカッと熱くなるのを感じていた。
放課後になり、啓太は修学旅行実行委員としての仕事に追われた。へとへとになり、下校する啓太の耳には、すらりとした細いイヤフォンから「小さな恋のうた/MONGOL800」が流れていた。「ほら、あなたにとって大事な人ほどすぐそばにいるの」このフレーズがなぜか啓太の心を躍らせた。恋に落ちているわけでもないのだが。
啓太は帰宅し、夕食、入浴といういつものルーティーンをこなし自室行き、椅子に深く腰掛け、真紀からもらった紙袋を手に取った。(今日はバレンタインデーだしね…)薔薇が華やかに描かれているマスキングテープを丁寧に外し、紙袋を開けた。中には、たっぷりのクッキーとブラウニー。それと、一通の手紙が添えられていた。
啓太はまず、クッキーを一つ手に取り、口に運んだ。「え、うま…。」啓太の両親は食に対してのこだわりが強く、必然的に啓太の舌も肥えていた。啓太はこんなにおいしいクッキーを食べたのは初めてだった。真紀は料理が上手なのか、それとも何か、言葉では表現しにくい素敵なスパイスが混ぜ込まれているのか…。
「そういえば…。」啓太はお菓子に添えられていた手紙を紙袋から取り出した。「まさかね、いやまさかね。」なんて言っても今日はバレンタインデーである。
薄茶色の手のひらサイズの小さな封筒を開け、手紙を取りだした。
「水川先輩 バレンタインデーなので、私からのプレゼントです。食べて頂けたら嬉しいです。それと…。春休みにもしご都合がよければどこかにお出かけしませんか?お返事待ってます。 真紀」
啓太はてっきり手紙で告白されるものだと思っていたが、内容はデートへのお誘いだった。「あ、お出かけね。うん。なに期待してるんだ。別に好きなわけでもないのに。」啓太は時分で自分のことが恥ずかしくなった。
啓太は机の上においてあるiPhoneを手に取り、真紀とのトークルームを開き、「クッキーとブラウニーありがとう!とってもおいしかったよ!!それと、春休み、どこか遊びに行こうね。」フリック入力で素早く打ち込み、送信ボタンを押した。ものの数十秒で既読の文字が現れた。「本当ですか!?うれしいです!!どこに行きましょうか?」真紀が安堵の表情を浮かべ、にっこりと笑っている顔が啓太の頭に浮かんだ。「お互いどこに行くか考えておこう!」と返信し、啓太はまたクッキーへと手をのばした。
2018年3月10日
昨年の秋にたまたま放送室で遭遇した時からは想像もできないほど啓太と真紀は親しくなっていた。この日の放課後、いつものように啓太と真紀は図書室前で待ち合わせをしていた。約束の時間は十六時。啓太は十五時五十五分に図書室前に向かった。
そこにはすでに真紀が立っていた。スカートを一つ折り、前は一つに結わいていた髪も、いつの間にかおろしている。「あ、水川先輩!」手を振りながらこちらに寄ってくる真紀の顔は薄く化粧がされていた。
「いこっか。」啓太はそう言い、真紀と一緒に校門へ向かった。季節はすっかり春らしくなり、いつの間にか真紀はマフラーをしていない。強い風が吹くとまだ肌寒いが、その風の中にも少し暖かさを感じる季節になった。
「そういえば、どこ行きましょうか、春休み!」気のせいか、真紀がいつもよりも弾んだ声で言った。啓太が答える。「うーん、そうだなあ。鎌倉なんてどう?」「いいですね!鎌倉!美味しいものもたくさんあるし、海もあるし、いいですね!いきましょう!」二人の初デートの場所は鎌倉に決まった。なんだか、啓太は足取りが軽くなった気がした。しかし、「別に好きでもないし。ただの後輩と一日出かけるだけ。ただそれだけ。」自分にそう言い聞かせた。
「放課後ハイファイブ/Little Glee Monster」啓太はこの曲を帰りの電車で聞きながら、真紀とのトークルームを開いた。
続く
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