出会いⅠ

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出会いⅠ

 二人の出会いは突然だった。 2017年9月4日 「あー、終わらない。終わらない。本当に忙しい。」聖明大学附属高校に通う高校二年五組の水川啓太は放送室でそう呟いた。  聖明大学附属高校は神奈川県にある私立高校で、県下トップクラスの偏差値を誇る。私立、高偏差値、という言葉が並べば、魂を抜かれ生き血をも抜かれた様に机に向かいあう生徒をイメージするかもしれない。  しかし、聖明大学附属高校は勉学にも力を入れる一方、文化祭や修学旅行、体育祭にも本気で取り組む高校で、県下の人気もトップクラスであった。さすがは天下の聖明、と言うべきかもしれないが勉強にはやはり抜かりない。オンとオフを分けるために文化祭は九月上旬、体育祭は九月下旬、修学旅行は十月と行事が秋に集中していた。  水川啓太は放送委員会委員長を務める傍ら、修学旅行実行委員も務めている。部活には入っていないものの、切れる頭と高校二年生とは思えない大人っぽさ、そしてユーモアを兼ね備え、みんなから慕われる存在だ。ちなみに副委員長の高校二年八組の木本も常に冷静でクールな存在だ。  啓太が所属する放送委員会は文化祭と体育祭に引っ張りだこで、超多忙な委員会である。行事本番では校内の放送系統を統括し、円滑な運営のために日々実行委員たちとの打ち合わせが欠かせない。そんな超多忙委員会の委員長を務めながら修学旅行の実行委員も務める彼は、文字通り超多忙な生活を送りながらも、充足感に満ち溢れた日々を送っていた。  「あー、終わらない。終わらない。本当に忙しい。」「先輩、何か手伝うことあったら何でも言ってくださいね!」啓太がそう漏らすと、そばにいた高校一年六組山本彩花が声をかけた。「えっとじゃあ…HDMIコードとモニターを物置からとってきて。」文化祭で使用する予定のものを取ってくるよう頼むと、「はーい!」と言って彩花は防音構造である放送室の重い扉を開けようとした。「おっとっと…!」扉が外側から開けられ、危うく彩花は転倒するところだった。  「失礼します。木本副委員長はいらっしゃいますか?」華奢な体つきの女の子が放送室に入ってきた。彼女は高校一年二組の藤田真紀だ。「木本なら今いないよ。なにかあった?」啓太は、体育祭の競技中に流すBGMの編集で手いっぱいで真紀には目もくれなかった。それ以前に、啓太と真紀は学年も違えば接点が一つもなく、お互い初対面であった。しかし、啓太は編集画面から目を離さなかった。「先生からDVDディスクとコピー機を借りてくるように言われて…。」真紀が小声で言った。「あー、ごめんその辺のものは全部貸し出し中!今無いの、ごめんねー。」と、相変わらず編集画面をみつめ、真紀には目もくれずそう言った。「わかりました、失礼しました。」律義にお辞儀をして真紀は踵を返した。  「よし…。完成した…。これは後でコピーして…。ディスクに焼いて…。」独り言を漏らしながら掛け時計に目をやると長針は十二を指していた。まさかとは思いながら短針を見つめると、六を指していた。聖明大附属高校は六時完全下校。慌てて放送室をとびだし、校門めがけて走った。下駄箱のちかくで友人と話しているあの彼女は、さっき放送室に来た子だろうか。そんなことを思いながら、祖父母に高校入学祝いで買ってもらった自慢の腕時計に目をうつすと既に六時五分であった。焦って校門に向かい、慌ただしい放課後を過ごし終えた。  帰り道に啓太はいつも音楽を聴く。「騒がしい未来が向こうできっと待ってるから。走りだせ、走りだせ、明日を迎えに行こう」と、人気グループ「嵐」の「Happiness」が流れていた。雲一つ無い、青い空のもと、広い原っぱを駆け抜けるような、そんな快感を与えてくれるこの曲が啓太は大好きだ。「Yeah、Yeah…」段々と音が小さくなっていく。啓太は日々の委員会で疲れ果て眠りに落ちてしまった。「次は花崎町、花崎町です」男性車掌の乾いた声が啓太の耳をつついた。啓太は自宅の最寄り駅である花崎町駅で下車し、嵐のHappinessをリピート再生しながら帰路についた。  家に着くと、母の香里が夕飯を作って待っていてくれた。今日の夕飯のメニューは鶏むね肉とトマトのサラダ、みそ汁、生姜焼き、白米。啓太は母が作る生姜焼きが大好きで、ものの十分ですべてを平らげてしまった。委員会の仕事が忙しく、ろくに昼食も食べられていなかったのだ。食べ終えた食器をシンクに置き、啓太はソファーに座りテレビを見た。大好きな番組が八時から始まるのに啓太の瞼はいまに閉じそうであった。眠気がピークに達した啓太は大好きな番組を見ることをやめ、お風呂に入った。湯船につかりながらうーんと背伸びをし、大きなあくびをした。  お風呂から上がり、身支度を済ませた啓太であったがまだ布団にはたどり着けない。翌朝の小テスト勉強、先ほど放送室でやり損ねた仕事、まだ啓太にはやるべきことが山積していた。自室に戻り、椅子に座り「ふー。」とため息をついた。「一曲聞いてから頑張るかあ…。」iPhoneにイヤフォンを挿し、LINEMUSICの曲目一覧をスクロールした。迷いながらも啓太の指は「This Is Me/THE GREATEST SHOWMAN」をタップした。この曲は「THIS ME」という歌詞の通り、自分は自分らしくということを再確認させてくれる一曲で、啓太の気合い入れソングでもあった。一曲聞き終えた啓太は、山積した課題を始めた。  気づけば長針と短針が頂で重なり合っていた。時刻は十二時。課題を終えた啓太は眠い目をこすりながらベットに入り、意識が吸い取られるかのように眠りに落ちた。  2017年12月5日  啓太は放送委員会委員長として文化祭と体育祭を成功させた。そして、修学旅行も盛況のうちに幕を閉じた。多忙な秋から季節は冬へと移り変わっていた。外を歩けば、顔を針で刺されたような痛みを感じる風が吹きつける。  なにを隠そう十二月十八日からは二学期期末試験が始まる。自宅で試験勉強に追われる啓太のもとに一件のLINEが届いた。相手は、高校一年のときのクラスメイト、今田さくらからであった。「おひさ!今いい?」というメッセージが届いていた。試験勉強の進捗状態は全くよくないが、「いいよ!なに!」と返信した。すぐに既読の文字が付き、さくらからは「今度会ってほしい後輩がいるんだけど、いつならいい?」と送られてきた。啓太は、何か来年度に向けた行事についての話と思い、「おけえ!明日の放課後でよい?」と返信すると、「明日、放課後に図書室前で!」と返信が来た。既読をつけ、啓太は試験勉強に戻った。  2017年12月6日  約束の時間になり、啓太は二階の図書室前に向かった。待ち合わせ場所につくと、肩くらいまで髪を伸ばし、スカートは全く折らず、背筋を伸ばした華奢で真面目そうな女の子が立っていた。啓太が彼女のもとに近づくと、彼女はこういった。  「私のこと、覚えていますか?」
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