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次の日、悠斗は思い切って彼を『拓哉』と呼んでみることにした。
朝、教室に入り、拓哉の席の方を見る。まだ来ていないようだ。
ちょっとホッとしたような、肩透かしをくらったような、そんな気持ちで席に着く。
バサッ
後ろから手が伸び、悠斗の前髪が持ち上がる。
「うわっ!!」
「おはよー!今日も朝から眩しいデコデコですね~!」
拓哉だ。どうやら隠れて隙を伺っていたらしい。
「昨日の仕返しだよ!!」
「こ、このトントンやろう!!」
拓哉は笑いながら教室から走って逃げていった。
『もう絶対トントンとしか呼んでやんねえ!あー!悩んで損した!!』
当たり前だが、人の気も知らない拓哉はいつも通りだ。彼の事で真剣に悩んでいた自分が馬鹿らしくなり、悠斗は彼を追いかけることなくそのままホームルームまでの時間を過ごした。
「悠斗はゴールデンウィークどうするの?」
昼食の時間になってすぐ、悠斗は井上から聞かれた。どこの班もいよいよ今週末に迫ったゴールデンウィークの話題で持ち切りだった。
初日には一大イベントだったこの班で食べる昼食もすっかり日常の一部となっている。
「うーん、部活もないし、家族とどこかに出かけるくらいかなぁ…」
「良いなぁー!うちら毎日部活だよ…」
井上が溜め息を付く。体育会系の部活には休みなんてない様だ。
「卓球部は1日休みあるけど、あとは丸々部活。あー、オレも上田くんと同じ美術部に転部しようかなー」
「ホント!?美術部員少ないから助かるー!」
「上田君、止めた方が良いよ。コイツめっちゃ絵下手くそだから」
「おい、それ言うなって!」
悠斗のいる班は彼を入れて5名。すっかり仲良くなった、隣の席の井上 綾香、出席番号1番で学級委員の【青山 俊希】、卓球部の【秋元 順平】、他の女子と比べると幾分大人びている【飯田ほのか 】がいる。青山と秋元は昨年から同じクラスらしく、仲が良い。
「青山君が言うなら間違いないか。ごめん、秋元君!お断りします!」
同じクラスだった青山が下手くそと評するなら間違いないと思い、悠斗は秋元の転部を丁重にお断りした。
「おいおい、オレの絵を見てから言ってくれよー!」
「あ、私、秋元くんの絵、みたーい!」
飯田が話に乗って来た。
「飯田さんに言われたら描くしかねぇーなぁ!」
「えー!ウチにも見せてー!」
「いやお前には見せない!」
「は!?何でよ!!」
井上は相変わらずイジられている。
班員同士すっかり仲良くなっており、○○君、○○さんという呼び方が、呼び捨てやあだ名に自然と変わっていくのだろう。
『そういえば、慎太郎にも最初は名字で呼ばれてたけど、途中からお互い名前で呼ぶようになったんだよなぁ。拓哉の事も昨年のうちから名前呼びにしておけば良かった…』
今、目の前で自然とお互いの呼び方が変わろうとしつつある班員を見て、かつて自然と呼び方を変える事ができた慎太郎と未だ自然に変える事ができないでいる拓哉の事を並べて悠斗は1人落ち込んだ。
後ろの方では相変わらず悠斗の悩みなど知るよしもない拓哉が、彼の班員と楽しそうに騒いでいるのだった。
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