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「どう?2-Aの雰囲気は?」
「どうもこうもないよー。明日から生きていく自信ない…」
美術室で悠斗は【吉田慎太郎】に愚痴をこぼしている。慎太郎は元同じ1-Eで悠斗と同じ美術部員。年に3回ある展示会の前以外はほとんどの部員が幽霊化する虹ヶ丘中学美術部の中で2人は数少ない常連組だ。とはいってもこうして他愛もない会話をしているばかりなのだが。
今日は幸いにも始業式のみなので、教室での時間は午前中で終了し、悠斗は一目散に教室を抜け出して美術室にやってきた。
「そんなんで大丈夫か?明日から授業始まるのに」
「大丈夫じゃない!あーあ、慎太郎とは一緒のクラスになれると思ったのになー…」
机に突っ伏しながら悠斗はまたため息をついた。
「確かにタニヤンとショーヘイも俺と同じ2-D なのにお前だけ2-Aだしな。まあ、ドンマイ!」
「なんだよ、他人事だと思ってー!」
1-E時代にそこそこ仲が良かった奴らは何故か2-Dに固まっていた。笑いながら背中を叩いてくる慎太郎にはこれからの中学生ライフへの余裕すら感じられる。
「でもさぁ、拓哉も同じクラスなんだろ?」
「まぁ、それはそうなんだけど…」
悠斗の脳裏に唯一2年連続で同じクラスになった男子の顔が浮かぶ。
小野 拓哉。
いつも元気で賑やかなムードメーカー。
身長は150cm以下という中2にしては低めの身長と60㎏オーバーの小太りな体重。顔付きも幼く、元気に走り回る姿は小学生の様だ。1-E時代は「トントン」と呼ばれ、いじられつつも可愛がられていた。
悠斗自身も150cm弱と身長は低く、背の順で並ぶと近くにいることが多かったので、多少なりとも会話はしている。しかしあくまでもクラスメイトとの会話、という程度で友達ではない。
「拓哉とならすぐに仲良くなれるんじゃね?」
慎太郎が問いかける。
「でもさ、今日新しいクラスが発表されて2-Aに行った時、小野くんは同じサッカー部の人達とずっと一緒に居てこっちの事なんか気にもしてなかったよ」
2-Aには拓哉を入れて3人のサッカー部員が集まった。同じクラスに同じ部員を見つけはしゃぐ拓哉を思い出す。
「あー。まぁそうなるよなー」
今まで部活で顔を合わせるだけだった奴らと同じクラスで1日中過ごすことになるのだ。
仲が良いなら尚更嬉しいに決まっている。
「サッカー部ねぇ…」
悠斗はおもむろに美術室の窓を開けた。グラウンドで練習をしているサッカー部が見える。ここからでは誰が誰だか分からない。
先週まで肌寒い日々が続いたが、今日は暖かい。ポカポカとした、太陽の匂いと植物の匂いが混ざった春の空気が閉めきっていた美術室に流れ込む。クラス替えですっかり落ち込んだ悠斗が発する淀んだ空気を吹き飛ばすような、春の暖かい風が吹く。
「悠斗」
「何?」
「相変わらず広いおデコしてるな」
「!うるさいっ!!」
春の暖かい風は校則ギリギリまで伸ばした悠斗の前髪を吹き飛ばしていた。指が4本入りそうなぐらいの面積を誇る広いおデコは、彼の最大のコンプレックスだった。上手いこと隠してきたので、この秘密を知っているのは学校では慎太郎だけだ。
「そのひろーいおデコを見せられるくらい2-Aの奴らと仲良くなれることいいな!」
「無理!絶対無理!!」
2人のクラス替えに付随した様々なニュースは尽きることがなく、結局今日も美術部らしい活動をすることなく部活動終了の時間を迎えてしまった。
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