回りくどい神拳

1/1
前へ
/1ページ
次へ

回りくどい神拳

 2XXX年。地球はなんやかんやあって荒廃した。国家の枠組みなど容易く崩壊し、法と秩序も同じく露と消え、人類はかつてない程に困窮した。そうして迎えたのは暴力と恐怖が支配する世界である。 「オラオラー! 根こそぎブン盗っちまえぇーー!」  荒地にポツリとただずむ村が、今まさに悪漢どもに制圧されようとしていた。村人達も懸命に応戦するのだが、旗色はすこぶる悪い。なにせ連中は殺しに慣れきっている。残忍さや攻撃性は、平凡な人間とは段違いなのであった。 「女たちは幼子を連れて逃げよ、男はどうにかして敵を防ぐのじゃ!」  村長が周囲に指示を出すものの、虚しい策でしかなかった。いよいよ防衛線は突破されてしまい、悪漢たちが逃げ惑う人々を追いかけ始めたのだ。子供連れで遠くへと逃げる事は難しい。村の男たちは討ち果たされ、女子供は敵の手中に落ちるという、最悪の結末を迎えようとしていた。 「キャアッ!」  逃げ惑う人々に押され、一人の少女が躓き、倒れた。そこへ押し寄せた悪漢がいやらしい顔のままで近づいた。 「なんだ、まだガキか。でもまぁ悪くない見た目をしてる。こいつならボスも喜んでくれるだろうよ」  男が浮かべた笑みは、口上と変わらず汚らしいものだった。しかし今は力のみが物を言う時代。善悪の概念や物の道理などは一切通用しないのだ。 「やだ、誰か! 誰か助けて!」  少女が這いずる様にして逃れようとし、悪漢がその後ろをゆっくりと追う。いたぶるつもりなのか、しばらくの間は為すがままにさせていた。  そんな光景が白昼繰り広げられていても、誰一人として助けに入ろうとはしなかった。今や自分の事で手一杯であり、哀れな少女を救うだけのゆとりは持ち合わせて居ないのだ。  ただ一人、この男を除いては。 「な、何だテメエは!」  悪漢は手にした剣を突きつけながら問い詰めた。その切っ先は、およそ場違いとも思える男へと向けられている。  新たな来訪者は、周囲の喧騒に全く関心を抱いている風では無かった。上半身を外套でスッポリ覆い、無人の野を進むかの如く通り過ぎようとしていたのだ。  当然ながら悪漢達にとって容認できる行為ではない。異変を察知してか、来訪者の周囲には血の気の多い連中で埋め尽くされる事になる。 「おいお前、この状況が見えてねぇのか?」  不必要なまでの大声で脅しにかかる。状況はまさに一触触発。それでもなお来訪者は気にも留めない様子のままだ。その余裕だけでも怒りを煽るのだが、彼の発した言葉により、手に負えないまでになってしまう。 「退け、薄汚いハエどもめ。死にたくなければ道を空けろ」 「こんの野郎! 死ぬのはテメェだコラ!」  前列の2人が剣を振りかぶり、来訪者へ叩きつけようとした。だがその寸前で、来訪者の拳が唸る。正確に放たれた拳打は見事に命中し、悪漢達の顔が激しく仰け反った。 「よ、よくもやりやがったな!」 「お前達は数秒後、死に至る。今のうちに念仏でも唱えておくんだな」 「何ィ!?」 「右の男には、ホクロ毛に名前を付けて可愛がっている男が即死する技。そして左の方には、毎晩のように足裏の臭いを嗅いでから眠りこける男が即死する技をかけた」  来訪者が言い終えるなり、それは現実のものとなった。拳打を浴びせられた2人は膝を折り、その場に倒れ伏したのだ。それからは身動ぎひとつせず、突っ伏したままである。 「ちくしょう、やっちまえ!」  残りの悪漢達も一斉に襲い掛かった。しかし数の優位など全く意味を成さない。 「回りくどい神拳奥義。恐怖に駆られて逆上して襲いかかるも、アッサリ撃退される男が即死する拳!」 「ギヒヤァァ!」  悪漢達は即座に殲滅させられた。しかし、まだ悪党どものボスは健在である。騒ぎを聞きつけた頭目が来訪者の眼前で立ち塞がった。 「よくも、うちの手下どもを殺りやがったな!」  現れたのは一際図体の大きな男である。手にする武器も大ぶりで、いかにも強そうな風貌である。しかし来訪者は全く臆したようではない。 「だからどうした。うっとおしいハエを叩き落としただけだ」 「クソ野郎が……。ちょっと強ぇからって調子に乗るんじゃねぇ!」 「ならば貴様も食らうか。回りくどい神拳奥義を」 「何だとぉ!?」 「とくと味わえ。人一倍性欲が強いにも関わらず、生来からの小心者が故に女に声をかける事すらできずに、悶々とした劣情を抱えながら寂しく眠る男が即死する拳!」  来訪者が構えると、頭目は怯えた顔つきになり、一歩後ずさりした。その様子を周りに侍る手下どもが訝しがる。 「ボス、何をビビッてるんです?」 「そうっすよ。この前も、抱いた女の事は千人から数えてないって、散々自慢してたじゃないっすか」  来訪者の技はただの武技ではなかった。該当者はすべからく落命する威力も強烈なのだが、何よりも恥ずかしい秘密が暴露されてしまう。言い繕おうにもその頃には既に命は無く、そもそも効いてしまっている手前、言い訳も全く意味を為さない。肉体だけでなく、名誉までも殺してしまう神技なのであった。 「うっせぇ! こんな奴と戦ってられっか!」 「ああ! 待ってくださいよボスぅ」  逃げ去る頭目を追いかけて、すべての悪漢も後に続いた。こうして嵐は過ぎ去ったのである。  来訪者はというと、何事も無かったようにして村を通り抜けようとする。村人達が呆然と見守る中、呼び止める声がひとつ。先ほど窮地から救い出された少女のものである。 「あの、助けてくださってありがとうございました!」  お礼の言葉は実に真っ直ぐなものだった。そのひた向きさに、来訪者の男も微かに顔を綻ばせる。 「オレの旅に付いていきたい、という顔をしているな」 「えっ」  少女は戸惑いを覚えた。というのも、来訪者の無敵とも思える強さは鮮烈であり、幼さの残る心に強烈なインパクトを与えたのだ。それが淡い恋心にも似た高揚感をもたらしたのも、無理からぬ事である。 「付いてくるというのなら、そうだな。オレの再三に渡る拒絶にもめげず延々と後を追いかけるのだが、道中で様々なトラブルに襲われつつも常にオレの手で助けられ、いつしか掛け替えのない仲間になっている。そんな展開で良いのなら……」  来訪者はそこまで言うと外套をたなびかせ、そして踵を返した。 「付いて来い」  それからは再び歩きだした。少女の方はというと背中を見送るばかりで、追いかけようとはしない。 (全体的に面倒臭い人だな……)  淡い恋心は数分と保たなかった。よって少女はこれまでと変わらず、村に残る道を選んだ。  それからは色々あって、周囲を脅かす武装集団やら軍閥やらが悉く壊滅させられた。例の男の仕業である事は明白だが、そこに至る経緯があまりにも細々としているため、誰も解明しようとは考えなかった。  最終的には拳大王との決戦を制し、世界に恒久の平和をもたらした。ちなみに大王を葬った技は「触れたら誰もが死ぬ拳」という身も蓋も無いもの。最初からそれを使えよという批判は、あるにはあったのだが、それも些細な事である。  平和と安寧に勝るものなど、この世に存在しないのだから。 ー完ー 
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加