プロローグ 昨日の明日

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プロローグ 昨日の明日

「真関さん、また明日」 「……そうだね。また、明日」  願わくはまた、学校で。  ■■■ 「つまり、その明日がつながった先に今日があるんだ」  ズルズル。音をたてて、男の喉にシェイクが流し込まれていく。  じわりと額から汗が流れ落ちたのは、照りつける太陽のせいに違いなかった。  ハンバーガーショップの店内は、放課後を満喫する学生で賑わっていた。その喧騒が気にならないのは、窓際の席の人気のなさからだろう。皆冷房の効く席を陣取って、思い思い花を咲かせている、……はずだ。  事実、目の前の男だって太陽光の当たらない、テーブルの右半分に頬を擦り付け涼をとっている。  だから、決して。男の一言をうまく飲み込めないから、ではないのだ。  一呼吸置く。  なるほど、昨日の明日が、今日である、そう言いたいと。  思わず気の抜けた笑いが漏れる。 「冗談」  だって、あまりにも馬鹿げていた。 「ほら、顔が引きつってるよ」  指摘され、反射的に左頬に手を宛てる。  「それ。なによりの証拠だと思わない?」と、男は不敵に笑った。  額に手を宛てて瞼を閉じる。光が遮断された先で思い浮かんだのは、過去と一致しない《つながらない》電話番号の数々。ディスプレイに表示される、知人である事実だけが保証された人々。もはや暗号に近い存在。  ふっ、と息を吐いて瞼を開く。  黒い瞳は、爛々と輝いていた。 「信じているのか? まさか、本気で」 「知ってるでしょ。間明くんなら」  男は不敵な笑みを崩さない。 「僕が冗談で君を騙すわけがないってことを、さ!」  その言葉には絶対的な信頼と、埋める術を知らない溝が広がっていた。  たまらずに目を逸らせば、空気が揺れる。 「……ごめん。今の君に言っても説得力はないね」  ズス。紙コップが空っぽの音を響かせる。息を飲む気配がしたあと、紙コップは静かにテーブルに戻された。 「君は、六年間の記憶を失っている」  重く、鈍く、冷たい。まるで鎖のような現実。再認識をするたび、俺に絡み付いて締め付けてくる。  記憶喪失。それだけの問題なら、まだよかった。 「真関(まさぜき) (るい)だっけ」 「そ。気軽に真関さんって呼んでよ」  気軽か? 果てしなく他人行儀の間違いでは? 「……真関さんは、いったい何者なんだ?」 「僕はただの、君の友達。そして、僕にとって君は、たった一人の親友だ」  視線が真っ直ぐに飛び込んでくる。信憑性などまるでない、痛いほどに真摯で誠実な言葉。  どう反応するのが正解か、考えあぐねている。俺は、俺でありながら俺じゃない。 「聞きたいことは、……そうじゃない」  胸を占めている憂鬱を吐き出すように言えば、真関さんはイタズラの成功した子供みたいに笑った。 「だろう? 知ってた」  この人が唯一の手がかりだと思うと、頭が痛くなってくる。 「……おちょくってるのか?」 「まさか! 出血大サービスだよ。僕なりのファンサ!」  果たしてこの人を信じていいんだろうか。ものすごく、不安になってきた。 「だって、友達だと誰かに言ってもらえることって、人生においての財産だと思わない?」 「それは、まあ」  言えなくもないかもしれない。 「それで、僕が何者か? だったね」 「ああ」 「僕は、この整合性が欠けた世界に全てを懸ける者、だよ」
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