不毛な恋を謳歌するのは

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「貴弘!会いに来たぞー!」 バン!と三メートルある扉だとは思えないような音とともに、見知らぬ声が俺の名前を呼んだ。そう、見知らぬ声が。 あまりの驚きにコーヒーカップを手に持ったまま固まっていると、件の人物の後ろから今度は馴染みの面子がぞろぞろと生徒会室に入ってくる。 「葵は元気ですね」 「あおちゃん足はや~」 「「葵ー、僕らとトランプしよーよー」」 「かいちょ……おつ」 挨拶をしてくるのは努だけか。しかも、 「何故、城崎葵がここに居る?」 一週間後に控えた新入生歓迎会は、例年とは違い鬼ごっこを執り行うことで決定となった。やることが変われば当然必要な準備も変わる。当日の流れを話し合う為に、和巻が来れなくなったタイミングで、生徒会の面子に予定を合わせて一度来るように言った、のだが。 どうして転入生も一緒についてきたんだ。そもそも生徒会室は部外者立ち入り禁止。生徒会室のある棟へも、ある程度の権限を持った学生証でしか入れないようになっている。権限持ちの生徒の案内なら一応入れることにはなっているが、あまり褒められた行為ではない。あいつらの手前、変に反感を買っても損なのでハッキリと言いはしないが、他の生徒に見られたらどうなることか。つい先日問題行動が目立っていると話したばかりだというのに。 「ごめ」 「努が謝らなくていい。悪いが城崎、新歓当日の流れを一般生徒に知らせる訳にはいかないんだ。外か、隣の仮眠室で待っていてもらえるか」 「城崎じゃなくて葵って呼べよ!それに何でそんなこと言うんだよ!仲間はずれは良くないんだぞ!」 「いや、そういうことではなく」 本当にそういうことではなく。 やたらと大きな声が耳に響く。応援団の団長が見たら喜びそうだ。 「あー、城崎。俺達生徒会役員がどのようにして決定されるのかは知っているか?」 「だから城崎じゃなくて葵って呼べって!」 「悪いが、人を名前で呼ぶのはあまり得意じゃないんだ。譲歩してくれ」 「嫌だ!オレ達友達だろ!友達のお願いは聞くものなんだぞ!」 今が初対面で友達では無いが。そもそも俺は名前を名乗った覚えもない。友達のお願いは聞くものだという価値観もいかがなものか……。いや、そうか、それなら。 「残念ながら、お前と俺は友達では無いようだ」 「何でそんなこと言うんだよ!?」 「俺はお前のお願いを聞き入れなかったし、お前も俺のお願いを聞き入れなかっただろう。お互いに相手のお願いが聞けないのなら、俺達は友達ではないということになるんじゃないか?」 「なっ……!」 この世の終わりを知ったような顔でショックを受けられても困るのだが。城崎の言う"友達"とはつまりそういうことだ。城崎は譲るつもりが無いようだし、俺も初対面で事情も知らないうちは譲ってやるつもりは無い。お互いに相手のお願いが聞けないのなら、俺達は友達ではない。 「……城崎。俺達生徒会役員は人気投票によって選ばれる性質上、学園の生徒達から様々な感情を寄せられている。城崎のように生徒会役員と親しい生徒は、危害の標的にされる可能性が高い。おまえの身の安全の為にも、城崎ばかりを特別扱いする訳にはいかないんだ。分かってくれるか?」 「なんで、おかしいだろ!悪いのはアイツらでオレは何にも悪いことしてないのに!」 「あぁ、そうだな。だから俺も、城崎や司達が望んだ生活を送れるように尽力している。だが、それでも思い通りにいかないのが人の心というものだ。ここは、そうだな、他の生徒達より先におまえが大人になってはくれないか?かっこいい姿を俺に見せてくれ」 「そしたら友達になってくれるのか?」 「城崎の願いを全て聞いてやることは出来ないが、それでもいいのなら」 「……わかった!オレ、隣の部屋で待ってる」 「ありがとう。コーヒーは飲めるか?後で持っていこう」 「オレ、砂糖とミルクたっぷりがいい!」 「了解した」 隣の仮眠室へ向かっていった城崎の背中を見送って、密かに息を吐く。まさか、この歳で小学生を相手にするような説得をすることになるとは。もはや今どき小学生相手にすら「かっこいい姿を見せてくれ」なんて説得のし方をするか怪しいだろう。城崎が単純な奴で助かった。 「お前達も飲むだろう。しばらく座って待っていろ」 そう告げると、生徒会役員達は釈然としない顔でそれぞれの席に着いた。 つい、あいつらの想い人をあいつらの目の前で窘めてしまったが、これは反感を買っただろうか。 ……余計なことを考えるのはよそう。今日は新歓当日の流れを話すだけの日だ。あいつらにも城崎にも、当日まで当分会うことはない。たったこれだけのやり取りなど、会わないうちに忘れるはずだ。 忘れる、はずだ。
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