不毛な恋を謳歌するのは

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「……新歓についての話は以上だ。何か質問はあるか?」 説明に使ったプリントをまとめながら、司達の顔を見渡す。 思えば、こうしてまともに顔を合わせるのは久しぶりのような気がする。生徒会の面子が仕事の書類を取りに来る時にも、俺が会議やら呼び出しやらで生徒会室に居ないせいで会うことがなかったし、逆に昼間生徒会の面子が転入生と過ごしている間は、俺が生徒会室に篭もりっきりだし。唯一外に出るのは他の委員会や教師陣に書類を回す時ぐらいなもので、教室や食堂の方まで行くことは無かった。真正面で向き合ったのは、親衛隊について呼び出した時が最後だろうか。 以前はあれだけ毎日顔を合わせていたというのに、生活圏が変わるとこうも会わなくなるものなんだな。と、妙に感心する気持ちが湧いてくる。 少しだけ、寂しいような気もするが。 「質問はないみたいだな。なら、今日は解散だ。あぁ、明日の分の仕事はもう分けてあるから、それぞれ持って行ってくれ」 解散の号令と共にそれぞれが動き出したのを見て、城崎を呼びに仮眠室へ向かう。 「城崎、終わった、ぞ……あぁー……」 城崎に仮眠室に行くよう支持したのは間違いだったかもしれない。いや、確実に間違いだった。 仮眠室の扉を開けた先で、城崎はそれはもう見事に爆睡を決めていた。制服を着たままでよくもまぁシワも気にせず寝ころべるものだ。本来立ち入りが許される場所ではない、と叱られた後で、神経が太いというかなんというか。 城崎に近づいて軽く肩を揺すってみるが、城崎が起きる様子はない。ここが生徒会の仮眠室でなければ、このまま寝かせてやっても良かったんだが。どうしたものか。 「あ、そうか」 仮眠室から生徒会室に戻ると、司はもう既に帰る準備を済ませているようだった。流石、昔から行動が早かっただけある。 なんだか今日は昔を懐かしみたい気分らしい。そんな自分に内心苦笑しつつ、城崎を引き取ってもらおうと司に声をかける。 「司、城崎が寝落ちたんだ。連れ帰ってもらえるか」 「……えぇ、そのつもりですが」 ギロ、と突然向けられた刺すような視線。突然のことにたじろいだ足が、床の上を滑るように半歩下がる。 「どう、した」 「いえいえ、ただ、会長も詰めが甘いものだなと思いまして?」 「何のことだ」 司の含みを持たせた言い回しが、どうにも要領を得ずに質問で返す。 詰めが甘い、とはどういうことだろうか。新歓の企画書に何か問題があったのか?しかし、それだけならばここまで司が期限を損ねるとは思えないし。 それに、他の皆も妙に静かなような。 ───あ。 他の皆の視線が集中する先。給湯室の中に置かれたままの、クッキーの空き缶。 しばらくまともに顔を合わせていなくとも、俺が甘味を自分では開けないことを当然彼らは知っているのだ。 「まさか、葵にあれだけ言っておきながら、自分はお気に入りを生徒会室に囲いこんでいるとは」 「ちがっ、いや、」 咄嗟に否定しそうになった口を慌ててつぐむ。 違う、違うけれど、ダメだ、それを言ってはいけない。 和巻にはオレが処理しきれなくなった仕事を手伝ってもらっていただけだ。それは確かだが、その仕事は俺が司達を応援すると言って自ら抱え込んだもので、それを処理しきれなかった責任は俺にある。元々は自分で片づけるのが道理のものだ。手伝いの為とはいえ、部外者を招き入れた理由にはならない。 何より生徒会の仕事が滞っているという事実は、司達にとって恋路の足枷になってしまう。言ってはいけない。 「否定もできないんですね。良かったじゃないですか、貴方も私達が居なくなったおかげで一人の王国を楽しんでいたみたいですし」 「そんな事は、」 「一体誰を囲いこんでいるのか知りませんが、貴方にも恋愛感情があったんですねぇ」 「司、」 「反吐が出る」 駄目だ、言葉の棘が、連なる毎に鋭くなっていく。 「……すまない」 「はっ、何を謝っているんだか」 誠意をつくせなくて、すまない。 俺がいよいよ何も言えなくなったところで、生徒会室の中に重たい沈黙が落ちる。 「あーっ!!貴弘を虐めるなよ!」 「っ、葵……!」 その沈黙を破ったのは、つい先程まで仮眠室で眠っていたはずの城崎だった。それも、かなり最悪な形で。 「何で貴弘を虐めてるんだよ!」 「ち、違います!葵!」 「何が違うんだよ!いじめは酷いことなんだぞ!」 「待て城崎、違うんだ」 「貴弘は良い奴なのに、貴弘を虐めるなんて司は悪いやつだ!」 「城崎、話を聞け」 待て待て待て本当に待ってくれ。 ここで今城崎に暴走されると困る。 「最低だ!司なんか友達じゃない!」 「城崎葵!!!」 「うわっ!?た、貴弘?」 罵倒を重ねて司を追いつめる城崎の腕を引っ掴んでこちらに意識を向かせる。何でこいつはこんなに話を聞かないんだ、と八つ当たりのような気持ちを誤魔化しながら、城崎に伝える言葉を絞り出す。 「いいか、城崎、司の信頼を裏切ったのは俺で、悪いのは俺だ。司は何も悪くないし、俺は虐められてもいない。お前のそれは勘違いだ。司に謝れ」 「でも、だって」 「でももだってもない。勘違いで人を罵倒することは、悪いことじゃないのか?」 「う、ご、ごめん、司」 「い……え……」 そっと溜め息を吐いて、城崎の腕を掴んでいた手を解く。 すっかり意気消沈した様子の司に何か声をかけてやりたいところだが……俺の言葉は、毒にしかならないのだろう。それに、俺も今は、少し、落ち着きたい。 「今日は解散だ。そろそろ夕食の時間だろう。食堂に行ってくるといい」 「それなら貴弘も一緒に行こうぜ!」 「いや、俺はまだ仕事が残ってるんだ。また時間の合う時にでも誘ってくれ」 「そっか……」 「じゃ!会長以外の皆で食堂行こ~」 「そうそう!僕お腹減ったし!」 「僕も~」 光希と双子が場を賑やかして空気を持ち上げながら、司達はぞろぞろと生徒会室から出ていった。こういう時あの三人は頼りになる。向こうはもう心配いらないだろう。 「はぁ……」 重苦しい溜め息を吐いて、自分の椅子に落ちるように座る。 確かに、詰めが甘かった。最初から、今の今まで。人に迷惑をかけてばかりだ。 ふと、司達に選びわけた書類が、それぞれの机の端に置いたままになっているのが視界に入った。あれだけの言い合いだ、書類を回収する暇もなかったのだろう。あいつらには本当に、随分と迷惑をかけてしまった。 今回は詫びと思って俺が引き受けるとしよう。 *** まともな対立を書くことに慣れていないのでついにこの時が来たかという気持ち。暖かい目で見守りください。
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