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あぁ、そうか、嫌われたんだな。
司達を生徒会室に集めたあの日から三日。昼休みになっても机の端に放置されたままの書類を見て、ただ静かに、そう思った。
努以外の、役員四人分の書類を一纏めにして自分の席へ持っていく。司達が書類を取りに来るのは、決まって城崎を迎えに行く前の朝早い時間だった。それが揃って残っているということは、つまりそういうことなのだろう。
想い人を注意した本人が部外者を生徒会室に招き入れていた上、悪いのは俺なのに、目の前で想い人に庇われて。
「はは、嫌われて当然だな」
幸いというべきか、和巻に仕事を手伝ってもらっている間に仕事の効率も上がったし、城崎関連の報告書が減ったおかげで以前よりは多少余裕がある。四人分の書類は少々骨が折れるが、まあ何とかなるだろう。それに、応援するなら彼奴らの負担を軽くしてこそだ。
新歓の後は和巻に手伝ってもらうのもやめにするべきだろうな。俺に囲い込まれているなどと、風評被害が過ぎる。アイツはそれでも喜びそうだが、和巻がそんな男だと思われるのは俺が我慢ならない。
神崎との約束を破ってしまうことにはなるが、それも俺が一人で仕事を片付けられればいい話だ。
コンコン
「ん、来客か。入れ」
「失礼します」
控えめに開いた扉から、柔らかな茶髪が顔をのぞかせる。
「風紀委員、柏木奏牙です。新入生歓迎会の警備案について相談に参りました」
「あぁ、それか。少し座って待っていてくれ。紅茶にレモンだったな」
「お気遣いいたみ入ります」
柏木奏牙。風紀委員の副委員長を務める優秀な男だ。風紀委員は基本的に委員長である神崎が多忙を極めているため、用事の時にはこうして副委員長が訪問してくることが多い。ただ、司との噛み合いが頗る悪いので、以前は良く言い合いになっていた。二人とも雰囲気は似ているのに、いや、似ているからなのだろうか、とにかく馬が合わないらしい。
「待たせたな」
柏木の前にティーカップと輪切りのレモンを置いて、対面の席に腰を下ろす。
「態々来てもらってすまないな」
「お気になさらず。今やこの学園で最も多忙を極める方は生徒会長様ですから」
そこはかとなく、言葉に棘を感じるな……。
「あー、その、本当にすまない」
「悪いのは誰彼構わず突っ走ったアレでしょう。会長様が謝罪をする必要はありません」
「だが、現状は俺の我儘を聞いてもらっているからな」
「いいえ。我儘なのも、謝罪すべきなのも全てはアレです。会長様が責任感の強い方だということは重々承知しておりますが、いくら貴方でも異論は認めません」
「そ、そうか」
柏木の中に明確な基準があるのなら、あまり謝り過ぎるのもかえって失礼になるだろうか。今回は口を噤むとしよう。それにしても、司のことをアレとは。以前はさすがにここまで辛辣ではなかったと思うのだが。
「本題に入るか。警備の事だったな」
「はい。こちらが当日の閉鎖区間と巡回ルートの計画案です」
「……特に問題は無さそうだな。聞いていると思うが、当日は放送委員と連携を取りながら警備にあたってくれ。和巻以外の放送委員が当日の会場を監視カメラで見張り、トラブルが発見された際には放送委員から風紀に連絡が行くようになっている」
今回の鬼ごっこは、これまでの新入生歓迎会ではやってこなかった初の試みだ。トラブルが想定しきれない分、警備に割く人員を少し増やしてある。実働部隊の風紀委員を補助する形で、放送室内に監視カメラのモニターを持つ放送委員に協力を頼んだのだ。因みに放送室に監視カメラのモニターが設置されている理由は、何代か前の放送委員長が新聞部の部長も兼ねていたかららしい。つまりは私用だ。
「何か不測の事態が起きたら、俺に連絡を入れてくれ。対応する」
「その必要がないように努力します。景品である貴方は、当日会場内を駆けずり回ることになるでしょうから」
「景品……否定はしないが……」
「ふふふ、アレも当日はトラブルメーカーに付き纏う余裕などないでしょうから、いい気味です」
「まぁ、司達も駆けずり回ることになるだろうからな」
もっとも、当日は俺や司達に関わらず、誰もが駆けずり回ることになるだろうが。人によっては案外、ダンスパーティーのままの方が楽だったのかもしれないな。
「さて、それではそろそろ失礼いたします。ごちそうさまでした」
「おそまつさま。当日はよろしく頼むと、神崎にも伝えておいてくれ」
「承りました。それでは」
パタン、と静かに扉が閉まると、一つ伸びをして自分の椅子に座る。
書類の山から数枚机上に開き、ペンを手に取る。
「さて、やるか」
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