不毛な恋を謳歌するのは

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見張るなどと・・・。 『キャァ~~~~~!!』 この喧騒を前にして良く言えたものだな。数時間前の俺は。見張るまでもなく、生徒会室から出ただけで叫ばれ、階段で叫ばれ、廊下でも叫ばれ、そして食堂で比較にならないほどの大人数に叫ばれる。慣れたとはいえ耳がイカれそうだ。 「黙れ。」 と、この一言を口にして食堂の生徒を黙らせる。己の人気も使い様だな。できれば最初から静かにしていてほしいのだが、生徒達のこの叫び声は反射のようなものだとか。親衛隊長がそう語っていたので、本当にどうしようもないのだろう。 あの優秀な男が下の教育に困るはずがないだろうし。 「流石会長~!」 「葵!」 「おい待て!」 何者かの名前を呼んで走り出そうとした司の腕を即座に掴む。 何を考えているんだこの馬鹿は。 「何です?」 「何です?じゃない!お前ともあろうものが、自分の影響力を自覚していない訳がないだろうに。一個人に傾倒する様を生徒達に見せてみろ、荒れるぞ。」 「だから何です?」 「お前な、」 「そんなことのために私は自分を捨てなくてはいけないのですか。」 思わず、手を離してしまった。反論できなかった。しようと思えばいくらでも理由は作れる。それでも、司に届く言葉を俺は持ち合わせていない。だって、この目は。 「認めていただけなくてもかまいません。それでも、」 「邪魔をするな。」 振り払われた手は行き場を無くし、重力にしたがってゆっくりと落ちた。 「か・・・ちょ?」 心配そうに俺の隣に立つ努にできる限りの笑顔を見せる。 「すまない、大丈夫だ。お前達も気になるなら転校生の所へ行っていいぞ。」 「「いいの?」」 「あぁ。しょうがない、からな。」 司の行動を許せばこの学園は目も当てられないほどに荒れるだろう。だが、あの真っ直ぐな目を、本心をさらけ出した目を見てしまえばもうどうしようもなかった。 俺達にはトップに立つものとして求められる行動がある。それでも一個人の青春を奪ってしまうほど立場の拘束力があるのなら、それが仲間の幸せを奪うものなら、なんとかしてやるべきなのかもしれない。 準備をしよう。これをきっかけに恐らく明日から親衛隊と、親衛隊の規則を嫌って非公式に活動している者達が動く筈だ。司の恋路を応援するために、まずは明日緊急に集会を開いて・・・。 『キャーーーーー!!!』 「うおっ。」 先程とは別種類の悲鳴に驚いて顔をあげると、光希が件の転校生とやらにキスをしていた。その隣に立つ努は普段崩さないその表情を柔らかい笑みに変え、双子はその転校生に抱きついていた。つまり。 「俺以外の全員惚れたか。」 「おい。」 「わっ。」 諦めたように半笑いをしていた俺の肩に手がかかる。気を抜いていたせいで、なんとも情けない程に肩が揺れてしまった。 「何だその情けない反応は。」 「・・・。」 声をかけてきた人間に、居心地が悪くなって目を逸らす。 生徒会長の俺と等しい力を持つ男。そして俺が今現在進行形で惚れている男。 風紀委員長の、神崎薫。 「この騒ぎの中心はお前の部下だろう。何故止めない。」 「転校生に恋をしたらしい。」 「は?」 「応援してやるつもりだ。」 神崎の顔を見なくとも、怪訝な表情をしているのが雰囲気で分かる。アイツらは俺と同じ恋をしている。ただ少し違うのは、それが叶う可能性があるかないかというところだけ。叶う可能性のある恋ならば、こちらの補助でなんとかなるかもしれない。 「責任は俺がとる。邪魔してくれるなよ。」 最後に睨みをきかせてその場を後にする。俺は、コイツに恋をしているはずなんだがな・・・。 右後ろに生徒会のメンバー、左後ろに各親衛隊の隊長と、風紀委員長として神崎が座っている。 マイクの前に立つと、緊急集会でいつもより騒がしい生徒達が目に入る。 この集会でこれから何をするのか、知っているのは俺一人だ。 「静かに聞いてほしい。」 その一言で、生徒全員が呼吸音さえ聞こえないほど静かになる。 「昨日の食堂の件は、もう皆の耳に届いている思うが、皆に折り入って頼みがある。俺の仲間の恋を応援してもらいたい。」 この学園の顔である生徒会のメンバーが、そして俺の仲間が、恋を諦めなくていいように。 「俺から皆に頼みたいのは、生徒会メンバーの恋の相手に制裁などといった暴力行為、いじめ行為をしないこと。そして生徒会メンバーを恨むのではなく、彼らの幸せを願っていてほしい。この二点だ。」 と言っても、この条件では誰も納得しないだろう。彼らは生徒会メンバーの誰よりもずっと、長い恋をしてきている。だから。 「不満がある者は俺の元へ来い。できることはしてやろう。」 俺に出来る精一杯のことを。 マイクの電源を切り、最後の一言に騒然とした会場を後にする。 すれ違いざまに信じられないといった表情の神崎を見て笑ってやるのだった。
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