不毛な恋を謳歌するのは

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「……何これ?」 「今日のお前の分の仕事だが」 「いやそうなんだろうけど、そうじゃなくてこれ全部備品の補充とか修理だよね?何この量」 「転校生による破壊活動の産物だ」 体育の時間に使ったゴールポストが破壊されただの、化学の実験に使った試験管が割れただの、キーボードのキーが沈んだまま戻らなくなっただの。転校生は何かと破壊せずにはいられない性分らしい。これでも数日前よりは減った方だ。役員に釘を刺しておいたからなのか、少しは制御しようとしているようだ。 「うへぇ……こんだけ物壊せるのもある意味才能じゃない?壁とか!コンクリートのはずなのに!」 「いいからさっさと手を動かせ。無駄話していては終わる仕事も終わらん」 和巻の机にコーヒーを置いて自分の作業に戻る。和巻に任せておけば今までの数倍は早く仕事が終わるだろう。備品補充等は最後に俺の判を押すだけで済むし。文句を言いながらも書類に手を付け始めた和巻の方を覗き見る。文句を言っていた割に、書類へ向ける眼は随分と真剣だ。やはり、五月蝿さを抜きにすれば頼りになる。俺とて鬼では無い。和巻に仕事を手伝わせた分は、昼食を奢ってやろう。 自分の分の書類に眼を通しながら、コーヒーに口をつける。 「不味い」 思わず漏れたのはそんな言葉だった。家系が代々ワイナリーを営んでいる為に良い英才教育施されている司は、誰よりも飲物に対する造詣が深かった。それはコーヒーや紅茶にも通じていて、司の入れるコーヒーはやはり誰よりも美味かった。その司が居なくなった今、俺が自分で用意したコーヒーは下手では無いはずなのに何故か、不味かった。 これが失って初めて気づく大切な物、という奴なのだろうか。どうやら自分でも気づかないうちに随分と舌が肥えてしまったようだ。溜息を吐きながらコーヒーを置くと、妙な視線を感じて和巻の方を軽く睨むように見上げる。 「何だ、ニマニマして気持ち悪い」 「ん~?美人の憂い顔は映えるなーって思ってさぁ。オレが新聞部なら連写して売り捌いてるね!何と今なら三枚セットで一万円!!」 「馬鹿じゃないのか」 「あっはは!まぁひーちゃんも寂しいよねぇ。みーんな転校生君の所に行っちゃったもんね。ひーちゃんは役員の皆のことだぁい好きなのに!」 「妙な言い方をするな」 「好きなのは否定しないんだ?」 「……黙って仕事しろ」 彼奴らと居るのは、好きだったのだと思う。一人一人が良くも悪くも自由なおかげで、常に気を張っていた俺の息の詰まる日常が解かれるような心地だった。司が給湯室からコーヒーと紅茶を持ってきて、努がテーブルに菓子を広げて。努の菓子に陸と空が飛びつくように喜んで、賑わっている所を光希が会話に華を添えてくれる。俺はここでその光景を眺めながら、穏やかに司の入れたコーヒーを飲むのだ。 「皆戻ってくるといいね」 和巻のそんな言葉で、記憶に重なっていた景色が現実に戻る。 「俺は彼奴らの帰還は望んでいない」 「えっ?何でさ、もしかして愛想尽かしちゃった?」 「違う。彼奴らが自由でいられる僅かな時間を、真っ当に楽しんでもらいたいだけだ」 特に三年生の司は、あと一年も経たないうちにこの学園を卒業してしまう。現在一年生の転校生と三年生の司では、存分に交流を深められる機会もそう多くはないだろう。司の眼を見て邪魔ができないと思った。そしてそれ以上に、応援をしたいと思ったのだ。 「それで、アイツらが自由にしてるツケをひーちゃんが背負うの」 「あぁ」 「何で。ひーちゃんが背負う必要はないのに」 「必要ないからだ。司は俺に邪魔をするなとは言ったが、協力しろとは言っていない。俺が彼奴らを応援しているのは俺のエゴだ」 「オレさぁ、ひーちゃんのそういうところ好きだけど、ひーちゃんのそういうところ、昔から嫌い」 和巻が机に額をグリグリと押し付けながら唸る。そうだな。俺も自分のエゴだと言いながら、能力がないばかりに自分で背負いきれない俺が嫌いだ。 「まぁでも、今回はひーちゃんがダメになる前にオレを頼ってくれたから許してあげる!」 「何でお前に許されてるんだ。……まぁ、助かっている」 「ひーちゃんがお礼言った!やったー!じゃあさじゃあさ、お礼代わりに今度ス○ラ買ってよ~!」 「調子に乗るな。何度もひーちゃんと呼んでいるのを見逃してやってるんだ。さっさと手を動かせ」 「んもう、はぁ~い」 俺の我儘に付き合ってくれて、こんな俺を心配してくれる友人が居ることは、本当に幸せな事だと思う。時計の音が響くばかりだった生徒会室にも、少し賑やかさが戻った。和巻にはこれでも本当に感謝しているのだ。本人には絶対に言わないが。 「さて、俺は風紀に回す分の書類を風紀に届けてくる。給湯室は自由に使ってくれ」 「はいはーい!和巻くんはちゃーんとお仕事しますので!いってらっしゃい~!」
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