不毛な恋を謳歌するのは

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「失礼する」 両面開きの仰々しい扉にノックして、風紀室と書かれた扉の先に足を踏み入れる。部屋のレイアウトは生徒会室と殆ど変わらないはずだが、白を基調とする生徒会室と違って黒を基調とする風紀室はどうにも重苦しい。 「藤堂か」 扉の正面奥に鎮座する神崎に睨まれれば、罪を犯した側は誤魔化すどころではないだろう。ただ座って事務作業をしている姿ですら様になるのだから、憎いものだ。 「風紀に回す書類を届けに来た」 「そこに置いてくれ。後で確認する」 神崎が自分の机の隅に視線だけ寄越したのを確認して、その場所に書類を置く。神崎以外に人の居る気配はない。転校生のことがあって、恐らく皆出払っているのだろう。 「……この間の話だが、和巻に頼むことにした」 「和巻?あの五月蝿い放送委員長か?」 「五月蝿いのは認めるが、俺の昔からの友人だ。能力は保証する」 「ほう?」 やっと目が合ったかと思えば、愉快なものでも見るようにニヤリと口角が上がる。 「な、なんだ」 「いや?あの生徒会長様が信頼を寄せる男が、どれ程のものかと思ってな」 そう言いながら、神崎の視線は手元の書類に戻っていく。ついついその視線を追って書類に目を落とすと、どうやら親衛隊に所属していない過激派についての報告書のようだった。 「すまない」 「……はっ、まさかこの短期間で、二度もお前からの謝罪の言葉を聞くとはな」 「謝罪くらい素直に受け取れ」 「嫌だ」 「嫌だって、」 俺は、謝罪を受け取ってもらえないほど嫌われているのか。 「おい待て、お前変な勘違いしてるだろ。お前に謝罪されるいわれはないって話だ」 「どういうことだ?」 「お前は最初に最善の手を打った。今起こっている問題の責任はお前にはない」 「だが、」 「だがも何もあるか。お前があの集会を開いていなければ、事態はもっと悪化していた。それこそ、満足に風紀の仕事ができないくらいにはな」 「それは……」 愛情と憎悪は表裏一体だ。俺以外の生徒会役員が新参者の転入生に構うようになると、今まで親衛隊の統率によって牽制し合っていた愛情が暴発してしまう。そうなれば、学園の秩序は崩壊し、親衛隊の統率も、風紀の規制も意味をなさなくなると思った。だからこそ、生徒会長という立場と人気を利用して、生徒達の感情の捌け口を作った。愛情も、憎悪も、全部俺が引き受けるつもりで。そうすれば、風紀にかけてしまう負担も少なくなるだろうとあの時の俺は判断した。彼奴らの恋事情に、風紀に口を挟ませたくなかったし、邪魔をするなと言った手前迷惑はかけられないと思ったからだ。 けれど、結局俺の狙いはほとんど上手くいかなかった。崩壊にまでは至っていないが、制裁を行う者は現れたし、俺を頼れない分親衛隊長や他の者を捌け口にする者も現れた。騒動の中心にある生徒会役員と転入生が、自分達でトラブルの種を蒔いている分、俺だけでは処理できない問題もある。特に器物破損や制裁行為への対応は風紀の管轄だ。 邪魔をしているのはどっちだ。 「当人達からの謝罪は受け取ろう。だが、お前からの謝罪を受け取るつもりはない」 「今回の件は、俺の監督不行き届きだ」 「止める気もなかった奴が良く言う。お前が奴らの横暴を止めるつもりでこの事態を招いたのなら、それは確かに監督不行き届きと言えるだろう。だがお前はそうしなかった。何故、謝罪を重ねながら奴らの後押しをする?それでお前に何の見返りがある」 「見返りだけで行動するほど、人間は単純ではないだろう?彼奴らを……いや、司を止められるだけの言葉が見つからなかった、それだけだ」 本心を隠してばかりの俺が、本心を曝け出す決意をした彼奴にかけられる言葉など、あるはずもないだろう。 「謝罪を受け取らないというのなら、これで失礼する。過激派の制裁について、一応役員には正式な親衛隊と連携を取るように伝えてあるが、もし激化するようなら俺に連絡をくれ。俺に出来る限りの対応をしよう」 「お前は馬鹿か?」 「馬鹿って、お前俺をなんだと」 「馬鹿だと言ってる。俺はお前に人を頼れと言ったはずだ。そもそも過激派への対応は風紀の管轄だ。お前の仕事じゃない。自分の立場を理解しろ馬鹿が」 「それはそうだが……」 「分かったら帰れ。分からなくても帰れ。お前のお喋りに付き合ってやれるほど俺も暇じゃないんでな。さっさと生徒会室に戻って自分の仕事を終わらせることだ」 「……失礼する」 黒々とした仰々しい扉を開けて風紀室の外に出る。 「はぁ……」 寝不足という訳でもないが、白い壁に反射する日光がどうにも目に染みる。 しかし神崎のやつ、あそこまで馬鹿を連呼しなくてもいいだろう。いや、迷惑をかけている自覚がある手前、あまり強く言い返せないのだが。 やはり、心配を、してくれているのだろうか。腹の底がムズムズする。 「嬉しがるな、馬鹿」 目を閉じながらもう一つ溜め息を吐いて風紀室の前を後にする。生徒会室に和巻を置いてきたのだ、早く戻って仕事を終わらせなくては。
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