不毛な恋を謳歌するのは

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和巻に業務を手伝ってもらうようになってから、一週間は経っただろうか。寝不足のせいで欠伸を噛み締めながらこなしていた作業も、最近では随分と安定してきた。和巻の補助を受けていたからというのもあるが、親衛隊が落ち着きを見せ始めたことで転入生を理由にした書類が減ったからだ。もっとも、今後皆無になることは無いだろうが。 「あ、そうだひーちゃん。オレ明日から暫くお仕事手伝えないからね」 「放送委員の仕事か?」 「そうそう、なんたってそろそろ新歓だからね!放送委員は大忙しなのですよ」 つまんないよねぇ、とむくれながら、和巻は自分で入れてきたらしいカフェオレを啜る。オレも冷めきった自分のコーヒーに口をつけながら、もうそんな時期だったかと昨年のことを思い返した。 新入生歓迎、略して新歓と呼ばれる行事では、毎年ダンスパーティーが開かれることになっている。初のイベントとなる新入生達からの期待値は高いが、上級生達からは疎まれがちなのがこの行事だ。特に放送委員は、当日に手配しているオーケストラの案内や補助に付きっきりになる為、折角のダンスパーティーでも踊っている暇どころか休む暇もない。それを二年生の時に味わっている和巻からすれば、地獄再び、と言ったところなのだろう。生徒会も生徒会で、新入生達のダンス相手として引っ張りだこになっていた。長時間のダンスのせいで流石に脚が痛かったのを覚えている。和巻が辟易する気持ちはよく分かる。 だが、今年は例年通りにはならないだろう。 机の引き出しにしまっていた一枚の計画書を取り出して、ザッと目を通す。何せ一年前に書き上げた計画書だ、何かしら不備があるかもしれない。 「……少し調整すれば使えるな。裕二」 「なぁにぃ?」 「お前の仕事の報酬だが、去年鬼ごっこがしたいと言っていたよな」 「言ったけど……え、何!?もしかしてもしかするの!?」 「去年から準備していたからな」 ダンスパーティーに辟易していたのは生徒会役員とて同じ事。和巻の鬼ごっこがしたいという要望を元に、実は昨年から計画を立てていた。放送委員長である和巻には結局仕事をしてもらうことになりそうだが、まぁ和巻ならたのしんでくれることだろう。ちなみに理事長からの許可も取得済みな上、備品の発注も一年生の人数が確定した時点で済ませてある。あとは教師陣や他の委員会役員に当日の動きを伝えれば、新入生歓迎会に関して生徒会の方でする準備はほとんど無い状態だ。 「放送委員長であるおまえには当日の実況担当を任せたい。できるな?」 「ぅわっはぁー!やるやるやります!口から先に生まれた男、この和巻ちゃんにまっかせなさーい!えーどうしよう!楽しみ~んへへへへへ」 クネクネ喜ばれると気持ち悪いな。 放送委員が担っていたオーケストラの手配などは必要無くなるが、新たな業務としてBGMの選出や特定の文言を使用したアナウンスの練習は必要になるだろう。結局しばらくは和巻の力を借りることが出来なくなるが、俺がやることはほとんど通常業務の範疇だ。和巻が補助に入っていたことで、他の役員の仕事を効率的に捌く術も分かってきたし、和巻が抜けても生徒会の仕事に支障が出るようなことは無いだろう。 「他にも何か報酬が必要なら言ってくれ。俺に出来る範囲なら叶えてやろう」 「じゃあオレのことまきちゃんって呼んで♡」 「他にも何か報酬が必要なら言ってくれ。俺に出来る範囲なら叶えてやろう」 「うんん?誰かリセットボタン押した?」 キョロキョロ見渡しても今この生徒会室にはオレと和巻以外の人間は居ないぞ。 そもそも仕事を頼んだ時と言い、何故俺にまきちゃんと呼ばせたがるのか。幼馴染みの可愛かった頃を愛でたいと言っていたが、そんな呼び方をした覚えは一度もない。そもそもお前は、和巻という名字が嫌いだったはずだろう。自分のことを事ある毎に和巻と呼称するあたり、何か心境の変化でもあったのだろうが……それが無理な変化であるのなら、本人たっての希望であっても叶えてやるつもりはない。可愛くない幼馴染みでも、気遣ってやるぐらいの余裕はある。 「ゆう。これで妥協しろ」 「……もう一回」 「ゆう。これで妥協しろ」 「リピートボタン押したいかも。ゆう、ゆうかぁ~!へへへ。ひーちゃんが考えた渾名で呼んでくれるなんて嬉しいなぁ!何か特別って感じする」 「幼馴染みだからな」 「そう、そっか。ありがと」 礼を言われると何だか小っ恥ずかしくなってきた。 まぁ、ちゃん付けで呼び続ける羽目になるよりは余程マシか。恥は一瞬とも言うし。 「ねぇ、ひーちゃん!」 「何だ」 「折角だからひーちゃんの渾名も変えたいんだけど、ひろぴーってどうだろう!?」 「ぴーはやめろ!」
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