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父は二十歳前に結核に感染した。まだ抗生物質が進歩していない時代で、医師は父を見離した。当時、小学校の校長をしていた父の親・祖父も父を見離した。父の身のまわりの世話をする人を雇い、父を実家にひとり住まわせ、祖父母は父の弟妹たち四人を連れて、実家から離れた小学校の教員宿舎で暮していたという。
このとき、父は大学を中退して独りで実家に暮らし、
「死んでなるものか!」
と強く思ったとぼくに話し、いろいろな薬草を調べて、すべて試したと話した。
そして、父の努力の結果なのか、はたまた自然の摂理なのか、運命なのか、父の結核の症状は進行が止まった。昔のことで抗体ができて結核菌をおさえて症状が治ったのか定かではないが、結核菌が体内から消えたわけでは無かった。
その後、母と結婚したあとも、毎年夏になると、父はサナトリュウムに入院した。
こういったことについて、直接、父がぼくに話したのは、ぼくが高校をでてからだったと思う。
父はぼくに、実家での療養生活で、父が思っていたことについて何も話さなかったが、母が父から聞いたことをこっそりぼくに話してくれた。
「あのときから、お父さんの考えは変ったの。
お父さんを見離した祖父母を無視するようになった。
神仏は信仰しなくなった。
物事を冷静に判断するようになった・・・」
ぼくには兄姉妹がいるのに、母がこんな話をするのは、ぼくにだけだった。
そして 父は、
「実家でひとりで暮していたころ、よく馬に乗って田畑を見まわりに行った」
と話してくれた。ぼくは父が乗馬をできることなど信じられなかったし、馬がどこにいたかも知らなかった
。
後に、分家の親爺さんにそのことを訊くと、
「よく、うちの馬に乗って駆けまわってた」
と笑いながら父の乗馬を説明してくれた。父が乗っていたのは乗馬用の馬ではなく農耕馬だった。
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