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「お前とも、どうだ。もう二十年近い付き合いになるのか」
廃墟の、というか今ふたりでまさに廃墟にした塔の中で、壁に背を預けて辛うじて身を起こしている、そんな風情の巨漢の騎士が息を吐くように呟く。
「ああ、そうだな。初めて会ったあのときもこんな仕事だった」
男もまた並ぶように壁にもたれ、疲れ果てた顔で紫煙をくゆらせる。
「もっともあのときは…お前さんとは敵同士だったけどな」
今思い出しても苦笑いしか浮かばない。
「そりゃ仕方ない。あの頃はまだ、イカレた錬金術師に作られた騎士の複製ってだけの俺だったからな」
色眼鏡の奥で昔を懐かしみ、自嘲気味の笑みを浮かべる巨漢。
「あれから本物に名を貰って、地位を貰って…ああ、このボロ帽子も貰ったっけな」
頭の上に乗っかった、凄まじく年季の入った臙脂色のハットに手をやる。
「それ昔から思ってたんだが、鎧と全然合ってないよな」
「言うなよ。なんでも敬愛した領主さまから貰ったって話だぞ」
「だからって騎士の正装にまでそのハットは無いだろ」
「ハ。まあ俺から言えるのは敬愛具合を推して知れってことだけさ」
短く笑った巨漢はハットを隣に座っていた男の頭に乗せた。
「コイツはくれてやるよ」
「あんまり嬉しくないな」
ハットを渡した手で複雑な顔をした男の口元から煙草を抜き取って銜え、目を閉じる。
「他にくれてやれるモンも無いしそれで勘弁しとけ。そろそろ時間だろ?」
「ああ、そうだな」
顔を隠すようにハットを目深にかぶって男は立ち上がる。
「俺の都合で決着を引き延ばし続けて、結局白黒つけられないままになっちまったな。悪かった」
「…いいさ。思えば、勝負はとっくについてたんだ。本気になっちまった時に」
「ハ。」
「笑うなよ」
「悪い」
もう、お互いに相手は見ていない。
巨漢は大きく息を吸う。億劫そうに。
「まあ、たぶん。俺もお前のこと、結構好きだったよ」
その場を立ち去ろうとした男は足を止める。ほんの一秒の沈黙。
「星の数ほど男を泣かせてきた俺だが、泣かされたのは初めてだ。やってくれたな」
「ハ。」
「だから、笑うなって」
煙草が血溜りに落ちる。
静寂。
もう返事は無かった。
「あばよ相棒」
男は振り返らずに歩きだす。
「今すぐこのガラクタをブッ飛ばして最高の墓標にしてやるからな」
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