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心地よい海風が頬を撫でてゆく中、カラーン、カラーンという鐘の音が天高く響き渡っていく。西の果てにぽっかりと太陽が浮かぶ中、空に一点の曇りもなく広がっているオレンジの空が家庭菜園を照らしている。
ローイは大きな宿屋へ今朝獲ったメロンを届け終え、たった今戻ってきたところだ。ドアを開けると、司祭のダンの背中が見える。ダンはステンドグラスから赤、青、黄の優しい光が降り注ぐ中、聖母像に向かって祈りを捧げていた。
「おぉ、ローイ。帰ってきましたか」
「はい。只今戻りました。こちら、今日頂いてきたお金です」
ローイは手元にある金貨の袋をダンに手渡した。
「うむ、ありがたいことです。このお金で井戸の改修ができますね」
ダンはにこやかにそう呟いた。ダンが司祭としておつとめをしているのは小さな教会。ローイはつい最近このカナーンという街にやってきて、ダンのもとで修行を始めた修道僧だ。
カナーン地方の主産業は観光。中心街には大きな宿屋や酒場などが立ち並び、そこから15分ほど歩くと大きなカジノが鎮座ましましている。この教会は馬車が通る道すがらにある。文字通りカジノと中心街を結ぶ中継点のような位置に建っていのだが、その立地条件でも多くの客に素通りされる、文字通り名もなき教会だ。もっとも、そういう環境だからこそ家庭菜園などもつくれる余裕があるのだが。
「しかし、あればかりのメロンに対してこんな大金をくれるとは……」
ローイは目を丸くした。袋の中に入っている金貨は3000ゴールドには下らない金額で、これは下級兵士のお手当3ヶ月分以上に当たる。ローイが持っていったメロンの数とはあまりにも不釣り合いだった。
「いくつかの宿屋が集め寄って寄付してくださってるんですよ。もともとは頂くだけだったんですけど頂いてばかりだとさすがに申し訳ないので、数年前からわずかばかりですがお返しをしているのです」
ダンは穏やかにそう告げる。菜園で獲れたメロンは宿泊客のデザートとしてふるまわれるほか、従業員にもおすそわけとして配られているそうだ。
「ずっとこんな大金を……随分と奇特な方々なのですね」
ため息を漏らすローイに向かいダンは首を横に振り、人差し指をピンと立てた。
「異国では『情けは人のためならず』ということわざがあるらしいです。施しをするのは自分のためだけではありません。廻り廻って自分にも戻ってくるのだということです」
「……そういうことなんですかね?」
怪訝そうな顔でローイが尋ねると、ダンは深く頷く。
「ローイはまだここに来て日が浅いですからね。まぁすぐにわかりますよ。ほとんどの人にはただの建物でも、私達には神様からきちんと役割を与えられているのです。さぁ、夕食の準備にとりかかりましょう」
ダンはそう言い食堂へと向かう。ドアを開けた瞬間、ほんのりと麦の香りが漂ってきた。
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