459人が本棚に入れています
本棚に追加
あの七階の病室から、尊くんと桜の花を見下ろした。
学校に行けずに落ち込んでいたわたしを、尊くんが元気づけてくれたのだ。
あのころ尊くんだって、学校に行きたかっただろうに。
尊くんはいつだって、自分のことより他人を大切にしてくれるひとだった。
「美桜」
すんっと鼻をすすったわたしを、少し先で止まった樹くんが見ている。わたしは視線を下ろして樹くんに近づく。
「美桜。これ、返すよ」
「あ……」
樹くんが差し出したのは、わたしが小説を書いたノートだった。
わたしは恥ずかしくなって、うつむきながらそれを受け取る。
「美桜、おれはさ……」
樹くんがすっとわたしから目をそらす。
「ずっと自信がなかったんだ」
わたしはノートを抱きしめる。樹くんの声がじんわりと胸に染み込む。
「尊には勝てないって……ずっと思い込んでた」
ふっと息をはいた樹くんが、うつむいて自分の足を見下ろす。
「いまだってこんな足だし、たったひとつ続けてきたサッカーもできないし、情けなくてすぐ涙が出るし、好きになった女の子に自分の気持ちを伝える勇気もない」
樹くんがまたゆっくりと顔を上げる。そばに立つわたしと目が合う。
「勇気が……なかったんだ。それを尊のせいにして、逃げてばかりいた」
わたしは黙って樹くんを見つめる。
「美桜から……逃げてたんだ」
涼しくなった風が吹く。わたしたちの上にある、緑の桜の葉がさわさわと揺れる。少しだけ伸びたわたしの髪も揺れる。
最初のコメントを投稿しよう!