459人が本棚に入れています
本棚に追加
「なんか……照れるな」
その言葉にわたしはパッと体を離す。
「ご、ご、ごめんっ。こんなところでなにやってるんだろうね、わたしっ」
周りを見ると、車いすに乗ったおばあさんが、看護師さんに押してもらいながら、にこにこと通り過ぎていくのが見えた。
「いや、べつに謝らなくていいよ」
真っ赤になったわたしを見て、樹くんが笑う。
「ありがとう、美桜。すごく……嬉しかった」
その言葉に、胸がきゅっと締め付けられる。
樹くんは照れくさそうに顔をそむけ、「行こう」と車いすを動かす。
「あっ、ちょっと待って」
わたしはそのあとを追いかけようとして、ふと足を止めた。
頭の上を覆う桜の木が、ざわっと音を立てて揺れる。
顔を上げると、緑の葉の上に白い建物が見えて、その先に真っ青な空が見えた。
「尊くん……」
尊くんのいる青い空。わたしは祈るように目を閉じる。
「ありがとう」
まぶたの裏に、桜色の景色が浮かぶ。
『美桜ちゃんにも見て欲しかったんだ』
淡い色の花びらを見るたび、わたしは優しかった尊くんを思い出すのだろう。
何年経っても、大人になっても、きっとわたしは思い出すのだろう。
わたしは静かに目を開くと、前に見える樹くんの背中を見つめた。
次の満開の桜は、樹くんと見よう。
尊くんと見下ろした桜を、樹くんと見上げよう。
まだまだ頼りないわたしたちだけど、尊くんはきっと、空から見守ってくれるよね?
「美桜ー! 早く来いよー」
樹くんが振り返ってわたしを呼ぶ。
「いま行くー!」
満開の桜の花を思い浮かべながら、わたしは樹くんのもとへ駆け寄った。
最初のコメントを投稿しよう!