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「約束のあれ、見せて」
わたしはちょっとドキドキしながら、肩に掛けたトートバッグの中からノートを取り出し、樹くんに渡す。
ノートを受け取った樹くんは、わたしの顔をのぞきこむようにして聞いてきた。
「ここで見ていい?」
「だ、だめっ! 家に帰ってから!」
「はいはい」
樹くんは適当にうなずいて、背中からリュックをおろすと、その中に丁寧にノートをしまった。
「あの、つまんなかったら、つまんなかったって言っていいからね?」
顔を上げた樹くんが、わたしを見る。
「そ、それに、無理して読まなくてもいいから」
「無理なんかしてないよ。おれ、美桜の小説読むの、楽しみなんだ」
頬がかあっと熱くなる。
「美桜が頑張って書いてるの、知ってるし」
一作目を書き上げたあとも、わたしはコツコツと小説を書き続けていた。
莉子にはそれをこっそり打ち明けた。でもまだ書いたものは見せていない。樹くんだけずるい、なんて拗ねていたけど、照れくさいのだ。
陽菜やお母さんには、書いていることさえ話していない。いつか話すときがくると思うけど、やっぱりまだ恥ずかしくて言えない。
だからいま、わたしの小説の読者は、樹くんだけ。
樹くんに見せるときも、ものすごく勇気がいるのだけれど。
「あ、そうだ。次の試合、おれ出るから」
「えっ」
顔を上げると、樹くんがちょっと照れくさそうに頭をかいた。
「来週の日曜日なんだけど……見にくる?」
「行くっ! 絶対行くよ!」
わたしが力を込めて言うと、樹くんが笑った。
わたしの大好きな、樹くんの笑顔だ。
樹くんにはこうやって、笑っていて欲しい。これからもずっと、笑っていて欲しい。
「でも美桜に見られると思うと、緊張するなぁ」
「絶対勝ってね! わたし全力で応援するから!」
「プレッシャーかけるなって。あー、ヤバい、なんか緊張して手ぇ震えてきた」
そう言って、樹くんが手のひらを広げ、いたずらっぽい顔でわたしを見る。
わたしはそんな樹くんに笑いかけてから、そっとその手を握る。
樹くんの手はあたたかかった。ほんわかと心の中まであたたかくなる。
「美桜の手……あったけぇ……」
樹くんが笑って、わたしの手をぎゅっと握り返してくれた。
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