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ある日、
やっぱり 何かを報告したくて
坂を途中まで下ってきたけど
辺りは もう 薄暗くて
小川硝子社の三角屋根は見えなくて
獅音は諦めて帰ろうと 坂を登り始めた時
車のヘッドライトと自転車のヘッドライトが
目に入り、
逆光で 自転車に乗っている人の姿は見えなかった。
自転車の彼女は 何かを話していたが
車が、ププッと クラクションをしたので
彼女の言葉は 聞き取れなかったが
(響ちゃん、楓の女将さんに 何 貰ったの?)
獅音が聞き取れたのは
自転車の後ろにいた 男の子の声
「チロルチョコだよ。 おえ、このチョコ すきなんだよなぁ!」
「そう、良かったねッ!」
それは紛れもなく 潤子の声だった。
獅音は息を飲み
心拍が上がっているのを感じている。
潤子が言う
「そう、良かったねッ!」
は、本当に嬉しそうな顔で
自分の事のように喜んでくれる様が嬉しくて
獅音が度々
この場所に足を運んでいたのは
「そう、良かったねッ!」
潤子に、そう言って欲しくて
何度もこの景色を見に来ていたのだから。
獅音が急いで振り返ると
自転車は 坂の ずっと、ずっと 下まで
行ってしまっていた。
でも…。
獅音は、追いかける事も
呼び止める事も出来ない。
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