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202004
世界がコロナウィルスに蝕まれたことで、「日本がコロナウィルスに負けたことが悔しい!」と言う若者を映像で拝見しました。
嘆く方々が沢山いるようです。
若いころ、身体的に好調なことから「うちら無敵じゃん」とか「あんた女の上司に仕えてんの?!」とか言うバカ学生が正直鼻についてました。
まあ、そんな横浜でバカ大学生をしていた若者も今は30代で警察がうろつけば無茶しないんだろうし、その前に社会の荒波に揉まれちゃってたかもしれません。
この映像から何が言いたいのかというと、やんちゃな男の子も簡単に落ち込んじゃうもんなんだなと。
自分はというとメリット、デメリットがありました。
デメリットは志村けん氏が死んでしまったことです。
事務をしていたあるひ、賑やかになってたんで、「どうしたんですか?社内に感染者でもでたんですか?」と聞いたところそれを聞かされ
「えええ”え”~~~~~!?」
と大声で驚いてしまいました。
正直、社内感染者よりもきつい事実でした。
インフルエンザでもなんでもない風邪で3日間寝込んで動けない年が続いたこともあるんでかかったら耐えられるかわからないのですが・・・。
ちなみに一日目からこう願ってしまいます。『神様。どうでもいいからこれだけ治して!』と。
志村けん氏の死は自分が生きてる構成存在理由の1パーセントあったようであり、幼少期の精神と毛細血管のようなもので繋がっていたようで帰りの車の中で一人泣きました。
この構成存在理由1パーセントはエブリスタ利用者の中では漫画『ワンピース』を終わりまで読むがあたる人もいるかもしれませんね。
私もその一人ではありますが。
好きなミュージシャンとか人によってはくだらぬかもしれませんが生きてく異議として何より重要だったりするものです。
都知事の緑色のオバサンがたしか
「あれは最期に人の役に立ちました」的なことを言いまた。語弊はあるかもしれませんが、直訳するとこんな感じに聞こえました。
考え方が古いんじゃないでしょうか?
『迅速な対応しなかった為、国民的人気者を死なせてしまいました。私の不徳の致すところ』と、謝罪すると記録に残るし罪を認めた形になるからマスコミに叩かれると思考するんでしょうが、それ以下の品のないコメントご苦労さまです。
「この度、国民的人気者である志村けんさんを失ってしまいました。
志村後ろ!と夢中で叫んでいた方々など、何ともいえない気持ちで落ち込んでいると思います。
ですが志村さんもコロナによって笑顔を奪わるのを望んでないはずです。
私も能力の限りコロナの根絶に尽力しますのでどうか皆様もご協力ください。」→会釈
死んでしまったことを誤りづらいとしても、常識的にこれ位言えないものでしょうか。
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