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佐倉はどうやら何かの本を忘れていたようだ。帰り道、ひとりで不良に襲われたら可哀想だしなぁと思って、俺は一緒に帰る事にした。
「よし。じゃあ、行くか」
「うっ…うん」
佐倉は少し恥ずかしがり屋なところがあるらしい。帰路についたはいいものの話題がなさすぎて、俺はとりあえず話しかけた。
「佐倉さ」
「は、はいっ」
「忘れ物の本…なんの、本?」
「えっ、ああ…」
佐倉は鞄から本を取り出すと、俺に表紙を見せた。
「花言葉がたくさん載ってる本…だよ」
「花言葉…?」
占いとかそういう分野だろうか。生憎俺はそういう系に詳しくない。
「は、花言葉っていうのはね。お花ひとつひとつに与えられた言葉なの」
「ふうん…そんなんあるんだ」
「うん。他人に渡すお花は、花言葉で決めたりするんだよ。例えば、プロポーズとか恋愛関係で渡したい時なんかは、バラの花っていうイメージがあるよね」
「確かに、まあ」
「それは、バラが綺麗なのもあるけど、主に花言葉が『愛』だからだよ。バラは本数とか色とかで花言葉が分けられてるけど、『愛』に関するものが多いんだ」
「へえ、花言葉とかで渡す花って決めれるんだね」
「そうそう!」
俺にわかってもらえて嬉しかったのか、佐倉が一段と大きい声を上げ、ツインテールを揺らす。それにしても、不良じゃない真面目な奴と話すなんてレアだから落ち着かない。まあ安心出来るけど、この町で生きてりゃ真面目な人より不良と接する事の方が多いものだ。慣れの問題だろう。
「じゃあさ。俺の名前、桜樹なんだけど、桜って文字が入ってんだよね。桜の花言葉ってなんなんだろ?」
「えっと、ちょっと待ってね。確か桜のページは…」
佐倉がペラペラとページをめくった末、桜のページに辿り着いた。
「えっと…桜の花言葉は、主に、精神の美や純潔、優美な女性…」
俺はそう読みあげながら眉を顰めた。
「精神の美とか純潔はともかく、優美な女性って…男ですらないのかよ。俺の親さ…もうちょい良い名前考えて欲しかったわ」
「そっ、そうかな?素敵な名前だと思うよ、桜樹って」
「女子っぽいと思わない?」
「う、うーん…ど、どうだろう…」
佐倉が言葉に詰まる。俺は両手を頭の後ろで重ねて本から顔を上げると、「じゃ」と声を漏らす。
「俺の家さ、右の道の向こうなんだよね。まだそんな暗くないし、1人で大丈夫?」
「えっ」
目の前には左と右の、2本の分かれ道。俺の家は右の道の向こうで、佐倉はたぶん左の道だろう。
夜遅くになると、治安の悪いこの町じゃあ女1人で歩くのは「不良さん来てください~襲ってください~」と豪語しているようなものだ。だから、佐倉みたいなマトモな奴は俺が家まで送っていっても良いんだけど、今はまだ暗くないしなぁ。
「だ、大丈夫!1人で帰れるよ!そのっ、ここまで一緒にいてくれてありがとう!」
「ん」
俺はわずかに口角を上げると、そのまま右の道へと歩き出した。佐倉は左の道へと駆け出したようである。
…桜の花言葉は、精神の美、純潔、優美な女性…か。
確かにといっちゃなんだけど、俺は不良とかよりはよっぽど精神は綺麗だろうし、純潔だ。でも、優美なんて柄じゃない。顔が良くてモテるとかいうけど、優美って…女っぽい。
ちょっと期待外れの花言葉に俺は溜め息を吐き出し、家に向かうのだった。
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