3708人が本棚に入れています
本棚に追加
「楽?」
「ん?」
「楽に久しいで、楽久」
「楽久?」
「うん。男の子だったら楽久にしよう。女の子だったら悠楽」
驚いた。
悠久が目覚めてから今日までの二週間。
私は子供の名前のことは話さなかった。
二か月間も眠っていた悠久は、検査はもちろん、体力回復のためのリハビリなんかに忙しかったから。
それに、こうして目覚めてくれたのだから、子供が生まれてから考えてもいいだろうと思ったのだ。
「聞こえてたよ、楽の声」
「はる……」
「ありがとう、楽。ずっと待っていてくれて」
私は小さく首を振った。
悠久はふっと微笑む。
「これからはずっと一緒だ」
「うん!」
悠久が僅かに膝を浮かし、顔を近づける。
私もまた、少し前のめりになって目を閉じた。
ちゅっと唇が触れる。
「愛してるよ、楽」
「私も――」
その先の言葉は、悠久の口の中に飲み込まれた。
「あーもーっ!」
昌臣くんの声にハッとして、顔を上げる。
すっかり二人の世界に入り込んでいて、三人の視線を忘れていた。
「俺も彼女欲しい!」
「お前、空気読めよ」と昌幸さん。
おじいさんが、はははと笑う。
「さ、婚姻届を出しに行くんだろう? お祝いのご馳走を用意しておくから、早く行っておいで」
「え? あ、そんな――」
「――ご馳走って? 兄さんが作んの?」
申し訳ないと遠慮しようとしたら、昌臣くんが聞いた。
「いや、手配済み。俺が作るより美味いもん用意しておくから、行っておいで」
三人に見送られて区役所に行き、私たちは夫婦になった。
最初のコメントを投稿しよう!