3707人が本棚に入れています
本棚に追加
「楽久、ママが取り替えてあげるから、おいで?」
楽がおむつとお尻拭きを持って来る。
「やっ! パパ!」
「なんで?」
「ママ、やっ!」
「ええぇ……」
一日一度はこの問答をしている。
楽は、おむつ替えなんて汚れ仕事を俺にやらせるのが申し訳ないようで、特にうんちの時はこうして自分がやるからと楽久を説得する。
が、楽久は譲らない。
俺は立ち上がって楽の手からおむつとお尻拭きを抜き取る。
「いいよ、私が――」
「――こうしてる間も匂ってるし。可愛い息子のご指名だからな。ほら、楽久」
楽久はおむつをフリフリさせながら、さっきまで寝ていた部屋に行く。そして、防水シートを広げてドヤ顔で仁王立ち。
つい数日前に、寝転んで取り替えようとして大惨事に見舞われ、それからは立って取り替えろと要求する。
「お前のこだわりの強さと人遣いの荒さは、誰に似たんだ?」
苦笑いと一緒に零れた言葉に、数秒考えこむ。
そして、息子のズボンを下ろした。
「楽のはずねーか」
なんのことだろうと首を傾げた楽久が、ニッコリ笑った。
おむつの処理をしながら、ふと思う。
俺も楽も、自分の子供時代を知る人間がいない。
俺に関しては、親父が少しは知っているのかもしれないが、聞こうとは思わない。
写真……もないか?
俺の写真は間宮の実家にある。
ただ、楽の写真はないだろうから、この話題は出さない方がいいだろう。
それに、写真があったとしても、今の楽の顔ではない。
楽久が生まれた時も、お決まりの『○○はママ似ね』なんて他愛のない言葉に寂しそうだった。
事故以前の楽を知っているのは俺だけ、か。
ふっと、過去の出来事が頭をよぎる。
俺はキッチンに立つ楽にそっと近づく。
楽久はおやつを食べながらテレビを見ている。
架空の生き物がわんさか出てくるアニメ。
「なぁ、楽」
「ん?」
晩ご飯に使うのだろう。
楽は手際よく玉ねぎをみじん切りしている。
トントントンと軽快なリズムで包丁がまな板を叩く。
「生徒手帳、持ってる?」
「生徒手帳?」
「そう」
「持って……る?」
覚えがないのか、楽が手を止め首を傾げた。
その仕草が、ついさっきの楽久とそっくりで、笑えた。
楽は俺が笑っている理由がわからず、キョトンとしている。
「え? なに?」
「いや。可愛いなぁと思って」
「えっ!? 生徒手帳の場所がわからないのが?」
「違うよ」
身を屈めて首筋にキスを落とす。
「東京、行こうか」
「東京?」
脈絡なく話が変わり、意味がわからないといった表情。楽は切った玉ねぎをボウルに入れ、手を洗った。
「岩越と藤井の結婚祝いを兼ねたクラス会をするって」
「そうなんだ。けど、私は――」
「――俺の奥さんてことで」
「え?」
最初のコメントを投稿しよう!